母の育児法から学ぶこと。
こんにちは、食文化研究家のスギアカツキです。『食は人生を幸せにする』をモットーに、スーパーマーケットやコンビニグルメ、ダイエットフード、食育などの情報を“食の専門家”として日々発信しています。
ビューティーガールでは“食”を起点とした私の育児法についてご紹介をしています。“ヒトの日常に絶対必要な存在である「食生活」を楽しく工夫をしていくことで、子どもの成長や知性・感性を磨くことができる”という主旨なのですが、その連載の中で“あるリクエスト”をいただくことがありました。それは、私ではなく、私の母の育児法についてでした。
前書きはほどほどにして、まずは具体的なエピソードに移りましょう。生涯専業主婦を貫いてきた母が育児をする上で大切にしていた“こだわり”について、今回はひとつをご紹介していきたいと思います。
専業主婦の母が子ども2人を東大に合格させた極意とは?
私の母は、社会的な肩書としては普通の専業主婦。家族のサポートに恵まれていた、特別な資産があったといった強みは何一つなく、私たち子ども2人(年子の兄と私)を一心不乱に育ててくれました。
私も兄もガリ勉をするわけでもないのに成績は良く、運動も得意なほうだったように思います。そして、自分たちが希望した東京大学に、特に兄は最難関と言われる東大理三に合格することができました。
今では二人とも自分の大好きな世界で仕事をしながら生きています。それでは私や兄は勉強ばかりすることなく、どうやって学力を高めることができたのでしょうか?
母にその極意を聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。
「二人ともいつも前向きで、楽しそうに勉強していたから、私はおいしいごはん作って応援するくらいしかしていなかったわよ。私は私の楽しみを持っていたし……」
少々肩透かしをくらった気分になりましたが、これが母の育児法そのものだったことに気づかされたのです。
母が絶対に言わなかったフレーズ
私はすっかり大人になり、子どもを育てる立場となった今だからこそ、母の育児指針が客観的に見えるようになりました。そこには、絶対に言わなかった言葉と、代わりに徹底して見せてくれたスタンスがあったことに気がつきました。
まず、母が絶対に言わなかったのは、「勉強しなさい」「将来〇〇になれ」という懇願・期待フレーズ。ところが結果としては、私も兄も勉強や読書が好きになり、心身や知性の自己研鑽がライフワークとなっています。
親に期待されていないのに、結果としては勉強が好きになる。このギャップはなぜ起こったのか? 分析してみると、母の一貫した姿勢が答として浮かび上がってきました。
「期待の言葉よりも自分の姿勢で見せる」が、母の指針
母は兄を出産する直前に実母をガンで亡くしました。まさに兄が生まれる数日前だったそうで、母の悲しみは想像以上に大きかったことと思います。
父親の実家が関西方面にあったことで、助けてもらえる環境はほぼゼロ。心から相談できる存在はほとんどいなかったとのこと。もっとも頼れる存在を失った母は、そんな大きな不安と悲しみの中、生まれてきた兄の元気な顔を見たときに、腹をくくって決心したそうです。
それは、「どうせ相談できる人がいないんだから、本や世間の偉人から学びながら、我流で育児をやってみよう!」というものでした。母は今もよく言います。「本は最高の親友。最高の先生よ!」ということを……。
そして母は私たちに勉強しなさいという代わりに、自分の趣味の時間を大切にする姿勢を見せてくれました。私たちが小さかった頃から大きくなるまで、絵画、俳句、料理を習い事として長らく続けていました。私が心に残っているのは、楽しそうに油絵を描いているシーン、俳句を夜なべしてじっくり考えている姿、習ってきた料理をすぐに実践してくれたことなどなど「気になったことはすぐにやるの!」という口グセも印象的でした。
好きなことを大切にする姿勢だけでなく、好きなことを温めるためには、楽しく学ぶ姿勢が大切であることを、実践を通して教えてくれたのだと思います。このおかげで、私は母との時間を過ごす中で、「好きなことを大切にしている大人は素敵だ」という価値観が作られていったように思います。
親としての責任と覚悟を持つことを教えられた
今だからこそ、母が私によく言う言葉があります。
それは、「子どもは親の鏡である」ということ。子どもに頑張ってほしかったら、まずは親が自分の世界を持って頑張ることが大事であるということです。そして私は息子を出産する前に、母から諭されたことがあります。
「親になる、母になるという自覚と覚悟をしっかり持つのよ。子どもは親を見て育つから、親が精神的にも自立心を持って育児をしていることが大切だと思うの。
おばあちゃんやおじいちゃんがいるから大丈夫だとか、助けてもらおうという前提で物事を決めることのないようにね。基本的にはあなたたち夫婦二人で責任をもって、二人で話し合って大切に育てていくのよ。すぐに身内の誰かに頼ろうという姿勢よりも、社会の中でヒントを見つける姿勢の方が有意義よ。
もちろん本当にピンチな時はいつでも喜んで助けに行くからね。とにかく最初の心がけだけは、絶対に間違えないように! 私ができたんだから、あなたも絶対にできるわよ」
実母を20代でなくした母の言葉には重みがありました。そしてこの母のアドバイスを理解した私は、実家近くに住むという選択肢を削り、まずは夫と協力して自分達でやりくりすることにしました。家事をする、食事を作る、習い事の送迎、勉強を教える、すべてにおいてまずは自分達でやりくりできる範囲の中で生きてみようと考えています。

結果として、おばあちゃんは“助けてくれる人”ではなく、息子にとって最高の遊び相手になっています。二人は親友のように仲が良く、私の知らないところで美術館や博物館に行くようになり、私が介在しなくても、二人の関係性を温めているようです。
私が一つだけ自信を持って言えること
育児にはさまざまな考え方があるので、私のスタイルが正解だとはおすすめするものでは決してありません。
仕事を抱えながら毎日試行錯誤で育児をしている中で、一つだけ自信を持って言えるのは、自分達が考えて実行していることなので、すべてにおいて後悔がないということです。くよくよしても、悩んでも、諦めがつくレベルのものばかりです。これこそが、私の母が実践してくれた育児スタイルなのだとも思います。
古稀を過ぎた母は、毎日歩いてさまざまな図書館に行くことを楽しみにしています。母に教えてもらったことはたくさんありますので、これから少しずつご紹介できたら嬉しく思います。
<文/食文化研究家 スギアカツキ>
食文化研究家、長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを学ぶ。現在、世界中の食文化を研究しながら、各メディアで活躍している。ビューティーガール連載から生まれた海外向け電子書籍『Healthy Japanese Home Cooking』(英語版)好評発売中。著書『やせるパスタ31皿』(日本実業出版社)が発売中。Instagram:@sugiakatsuki/Twitter:@sugiakatsuki12
(エディタ(Editor):dutyadmin)




