春は転勤のシーズン。今年も4月から地方に、あるいは地方から東京に赴任(ふにん)した方は大勢いると思いますが、困るのは「直前になっての内示」です。同じ建物内の配置換え、引っ越しの必要がない近場の転勤ならいざ知らず、次の異動先が遠距離だと新生活への移行が簡単にはいきません。

写真はイメージです(以下同じ)
夫が九州転勤の内示を受けたのは赴任の13日前!?
「ウチの夫の場合、内示が出たのは3月19日。当初赴任する予定だった方が急に行けなくなったとかで、その代わりに指名されたそうです。この日の昼、珍しくLINEではなく、電話で『申し訳ないけど、来月から九州に転勤することになった』って。あまりに急すぎる話でスマホを持ったまま固まってしまいました」
そう振り返るのは、夫の転勤で18年春に東京の本社から赴任先の九州へ突然引っ越すことになった吉岡仁恵さん(仮名・39歳)。もともと転勤の多い会社で、2人が出会ったのは彼が仙台の支社に勤めていたとき。
結婚後、本社に戻ることになり、仕事を辞めて東京について行きましたが、このときは2か月前に内示が出たとか。そのため、年度末まで半月を切った時期に転勤が決まるとは夢にも思っていなかったようです。
「その週末、家族でディズニーランドに行く予定でしたが、当然それどころではなく中止になりました。引っ越し業者は夫の会社が手配してくれてましたが、春先で混んでいたらしく空いていたのは翌週の月曜日の午前中だけ。まず頭の中を整理しようと、引っ越しまでやらなきゃいけないことを書き出しましたが、あまりに多すぎて途方に暮れてました」
転勤先では娘が保育難民になりかけた
当時、専業主婦だったのは不幸中の幸いでしたが、実は4月から病院で医療事務のパートを始める予定だった仁恵さん。すでに採用が決まっていましたが辞退せざるを得ず、断りの連絡を入れた際に担当者は「事情が事情なので仕方ないですけど……」とは理解を示すも、声の感じは明らかに不満げな様子だったそうです。
「ただ、こっちはそれを気にかける余裕がないほどドタバタしていました。なにより一番困ったのは娘の保育園。片っ端から連絡してみましたが時期的に4月入園は二次募集も締め切った後なので案の定(あんのじょう)全滅。
いくつかの園からは5月に追加募集を行う可能性があると教えていただき、そのうちの1つに入園できたのでラッキーでしたけど、引っ越してからの約1か月半は保育難民でした……」
子どもが精神的に不安定になった
しかも、娘は通っていた保育園の友達と会えなくなることを知ると大号泣。送別会もできないまま東京を離れることになってしまったそうです。
「それが原因かもしれませんが、引っ越したばかりのころはすぐにカンシャクを起こすなど精神的にもすごく不安定でした。新しい保育園に通うようになってからは友達もでき、以前のような明るさを取り戻しましたが、あの子には申し訳ないことをしたと思っています」
もっとも新天地で不安だったのは母親である彼女も同じ。転勤先は博多のような大都市には程遠い南九州の片田舎(かたいなか)だったからです。
あまりに突然の転勤は、家族全員にとってストレス
徒歩圏内に鉄道駅はない完全な車社会で、おまけに仁恵さんは免許取得後の運転経験がまったくない筋金入りのペーパードライバー。あわててマイカーを購入しなければならず、住まいもマンションから一戸建てに変わり、あらゆる生活環境が同時に変わったといいます。
「しかも、夫は仕事のことで手一杯で家のことはほとんど私任せ。そんな状態ですから彼と口論になることも増え、関係がギクシャクしたことも一度や二度ではありません。
娘だけでなく私たちも結構なストレスを抱え、いっぱいいっぱいの状態だったんだと思います。2か月前とは言いませんが、せめて1か月前に内示が出ていたらここまで焦らことはなかった気がします」
最近は転勤制度を見直す企業が増えていますが、完全に廃止となったのはごく一部の企業だけです。転勤族と呼ばれる人たちは今も大勢いるのが現状になります。それだけに覚悟している人は多いと思いますが、いくらイレギュラーでも赴任直前での内示はやめてもらいたいものです。
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<文/トシタカマサ>
一般男女のスカッと話やトンデモエピソードが大好物で、日夜収集に励んでいる。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。
(エディタ(Editor):dutyadmin)