「共感疲労」とは……人の痛みに共感してつらくなる心理状態
「共感疲労」という言葉を知っていますか? つらい状況に置かれた人の苦しい気持ちに共感しすぎて、心が疲れてしまうことを意味します。
たとえば、戦争や震災などの悲惨な報道を見てしまうと、自分も同じ痛みを味わっているように感じられ、つらくてたまらなくなる。いじめや不幸な経験をした人の話を聞くと、相手の痛みを我が事のように感じ、とてもつらくなる……。
このように、人の痛みがわかりすぎるがゆえに苦しくなり、平静でいられなくなることを「共感疲労」と呼びます。
戦争などのニュース・悲しい映画や小説、身近な会話も共感疲労の原因に
昨今では、ロシアのウクライナ侵攻の残虐な戦争シーンの映像を視聴したことにより、人々の共感疲労が深刻化していることが問題となっています。
また、残酷な映画や小説に触れすぎることで、気づかぬうちに共感疲労を抱える人も多くいます。暴力やいじめ、性的被害などの話を聞くことで、共感疲労に悩まされる人もいます。
他人の痛みに共感できることはすばらしいことですが、一方で心理的ショックの多い情報に“無防備”にさらされていると、心のバランスを保てなくなってしまいます。
ちなみに、私たちカウンセラーは相談者の話を「共感的に理解する」ことをモットーとしていますが、同時に聞く側の自分がつらくならないように、日頃から以下の2つのルールを守っています。「共感疲労」を抱える方の参考になると思いますので、ご紹介します。
対策法1:「時間と場所の境界線」を引く
1つ目のルールは、つらい情報に無制限に触れないよう、「時間と場所の境界線」を引くことです。
カウンセリングは、相談時間、場所という「相談の枠組み」が決まっているからこそ、その枠組みの中で相手のどんな話にも耳を傾け、心情に寄り添うことができるのです。この枠組みがあいまいになると、カウンセラーは共感疲労を起こし、仕事を続けられなくなってしまいます。
「共感疲労」に苦しむ人は、痛ましいニュースに時を忘れて見入ったり、他人の話を時間・回数無制限に聞いたりすることで、疲れ切っていることが少なくありません。
これを防ぐには、悲惨なニュース(特に痛ましい映像)を長時間、数多く視聴しないこと。興奮に任せて、残酷な映画や小説を鑑賞しすぎないこと。他人の深刻な話を聞く際には、ある程度終わりの時間を決め、次に話を聞く日まで数日空けること。
こうしたことが「時間と場所の境界線」を引くために役立つと思います。
対策法2:自分を労わり、「二次的被害」を防ぐ
2つ目のルールは、「二次的被害」に悩まないためにも自分を労り、ストレスをケアすることです。
痛ましいニュースや凄惨な体験談に触れることは、自分のことではなくても、フィクションであっても、心に大きなショックを与えます。そのショックから生じる心の傷をケアせずに放置していると、その傷がつくる陰惨な記憶が心の深層に残り、自分を何度も苦しめてしまいます。
日々たくさんのつらい話を受け止める私たちカウンセラーは、このような「二次的被害」に悩まされないよう、自分を労わる時間を大切にしています。
仕事が終わったら気持ちを切り換え、心が癒される音楽を聴いたり、アロマを焚いたり、おいしいものを食べたり、思い切り体を動かしたりして、ストレスを受けた心を都度ケアしているのです。
また、ときには師匠にあたるスーパーバイザーに話を聞いてもらうことで、鬱積した心の負担を解放しています。
このように、自分の時間を大切にすること、そして信頼する人と話をすることが、「共感疲労」(二次的被害)から自分を守るために役立つでしょう。
「共感性」を大事にするために大切な「つらい情報とのつきあい方」
「共感性」は人間ならではの優れた能力です。共感は大脳新皮質の前頭前野という部分が担っていますが、この前頭前野は、共感をはじめ理性、判断力、計画性などの人間らしい高度な能力を司っているのです。
ですが、他人の痛みに共感しすぎて疲れ切ってしまうと、肝心の前頭前野の働きが弱まり、「共感性」という人間らしい感性が活かされなくなってしまいます。
だからこそ「共感疲労」を起こさないために、強いショックを受けるような出来事や話題に触れる際には、「時間と場所の境界線」を守ること、自分を労わりストレスケアを行うこと、この2点を守ることがとても重要になるのです。
公認心理師、精神保健福祉士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントの資格を持つメンタルケア・コンサルタント。ストレスマネジメントやメンタルケアに関する著書・監修多数。カウンセラー、コラムニスト、セミナー講師として活動しながら、現代人を悩ませるストレスに関する基礎知識と対処法について幅広く情報発信を行っている。
執筆者:大美賀 直子(公認心理師)