今の位置(Current Position): ホームページ(HomePage) > ライフスタイル >

東大男子が語る、終わらない競争「スペックのかけ算では僕は負けてない」 | ビューティー

時刻(time):2022-02-19 15:24源泉(Origin):δ֪ 著者(author):kangli
恋バナ収集ユニット「桃山商事」の代表で、これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、そこから見える恋愛とジェンダーの問題についてコラムやラジオで発信してきた清田隆之さん。 清田さんの最新作『 自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと 』から東京大学の学生・有村隼人さん(仮名)のインタビューの2回目をお届けします

恋バナ収集ユニット「桃山商事」の代表で、これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、そこから見える恋愛とジェンダーの問題についてコラムやラジオで発信してきた清田隆之さん。
清田さんの最新作『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』から東京大学の学生・有村隼人さん(仮名)のインタビューの2回目をお届けします。

自慢話でも武勇伝でもない
東大合格に向けてストイックに勉強した高校3年間が全く通用せず、現役では不合格になってしまった有村さん。一浪を経て東大に「余裕の合格」を果たしたという有村さんは、どのような浪人生活を過ごしたのでしょうか(以下、同書よりインタビューを抜粋。4回シリーズの#2)。

【1回目を読む】⇒東大生男子が語ったガリ勉人生 「東大以外なら負け」だった

浪人時代は、坊主頭にして服も同じものに


現役時代は結局すべての私立に落ち、東大の2次試験ももちろん不合格で、予備校に通いながら浪人生活を送ることになりました。そこで最初に見直したのが生活習慣です。
現役時代の僕は無理をしすぎていたというか、常に眠かったり疲れていたりで、勉強していてもちゃんと頭に入っていない部分が正直あった。そこで1日8時間は睡眠を確保し、予備校でも昼休みにしっかり仮眠を取るようにしたところ、集中力が飛躍的に向上しました。

路上にいる男性

画像はイメージです

また、頭を坊主にし、服も曜日ごとのローテーションを決めるなど、勉強以外のことはなるべく考えないで済むような工夫もしました。脳のリソースの節約という感じですね。

ただ、予備校を生きやすい環境にするための人付き合いはちゃんとやりました。いつもひとりぼっちというのもよくないし、情報交換も受験生には大事なことなので、同じ東大コースの仲間と友達になって。




開成や筑駒の人に最初はビビっていた


僕が通っていたのは都内の予備校だったんですが、同じ教室には開成、麻布、筑波大駒場など名だたる名門校の出身者も数多く在籍していて、そういう人たちと机を並べている事実に最初は少しビビっていました。中には、小学生の頃から全国模試の上位者としてしょっちゅう名前を見かけていた受験界の有名人もいたりして、「おお、この人が!」って思ったり(笑)。

あと、僕はずっと共学育ちでしたが、開成とか麻布とか、男子校出身者たちの独特のノリに戸惑いを感じた部分もありました。なんだかやたら主張が強かったり、仲間と下ネタで盛り上がったり。あと二人称が「お前」っていうのもびっくりでしたね。








いくら有名高でも、模試では僕が上


でも、ビビる気持ちはすぐになくなりました。というのも、浪人になって最初に受けた模試でものすごくいい点が取れたんですね。現役時代にできる限り勉強して、センター試験のあとも必死に悪あがきして、不合格は決まっていたけど「来年の対策になるかも」と東大の2次試験も受けて、そういう諸々の頑張りが一気に結実したというか、とにかく手応えがすごくあって。このまま努力を重ねれば絶対に受かるだろうって確信を持てたんです。

いくら開成だ筑駒だと言ったところで、東大に行けるのは多くて3割程度なんですよ。もちろんそれはものすごい数字ですけど、こうして模試の順位で僕のほうが上につけているのが現実で、必要以上にビビることはないなって。




2回目の東大受験は、余裕で合格


そこからはまさに無双状態で、自信と充実感に満ちあふれた浪人生活を送っていました。
現役時代はE判定もしばしばだったのが模試では毎回A判定で、成績上位者の順位表にも名前が載ったりして。そうやって自分もランカーの仲間入りができたことは単純に気持ち良かったし、可処分時間の100%を好きな勉強に使える毎日がすごく楽しくて、本番の試験も「落ちるわけがない」という絶対的な自信を持って臨むことができました。

そして結果は無事に合格。実際に試験もすらすら解くことができたし、予備校から依頼されていた「再現答案」(=本番と同じ答案を書き写したもので、問題や解答を分析するための資料になるもの)を試験中にじっくり作る時間もありました。手応え通り、余裕の合格でしたね。

高校の同学年では浪人含め東大に受かったのが僕だけで、1年間ズルをしてしまったものの、他の人たちに勝つことができた。また有村家初の東大ということで、みんなも盛大に祝ってくれました。大学受験に失敗していた兄には少し気を遣いましたが、挫折続きの人生をようやく挽回することができた気がして、本当にうれしかったです。








東大には、すごい人がゴロゴロいた


大学にはまた、すごい人がゴロゴロいました。明らかに頭のデキが違うなって人もたくさんいたし、1年生のときからすでに司法試験や国家公務員を目標に勉強してる人もいて、さすが東大だなって。

東京大学 安田講堂 春 銀杏並樹

東大の主に3年生以上が通う本郷キャンパス

でも、中学生のときに感じたような焦りや敗北感はまったくありませんでした。ここには「俺ら東大に入ったよね」って、激しい受験戦争を勝ち抜いてきた仲間同士という感覚があり、お互いを尊重し合う雰囲気もあって、とても居心地がいいんですよね。あと、成績というひとつの軸で競い合う必要がなくなったのも大きかったかもしれません。

1年生のときは学校の勉強をこなしつつやりたいことを模索していた時期でした。複数のサークルに顔を出したり、時給のいい家庭教師のバイトとか、イベント設営のスタッフとか、幅を広げるためいろんな仕事をしてみたり。一時期は卒業生や現役生が多数参加し、世代や職種を超えて東大生ネットワークを広げようという主旨の意識高い交流会なんかにも参加していました。




バイト先で言われる嫌味にムッとする


学校の外に出てみると、やっぱり東大生って色メガネで見られる部分があるんですよね。とあるバイトでは、他大生の男にやたら対抗意識を燃やされ、「タイピングの速さでは勝った」とか言われたり(笑)。

あと、バイト先の社員さんから「君はここまで一切苦労せずに来たと思うけど」という枕詞で嫌みを言われたこともありました。これには少しムッとしましたね。
世間では東大生って「挫折知らず」とか「恵まれた人」みたいなイメージがあるのかもしれませんが、先ほど述べたようにここまでの道のりにはいろんな挫折があったし、みんな血のにじむような努力を重ねて合格を勝ち取ったわけで、恵まれている人には恵まれるに足る理由があるんですよ。








スペックのかけ算では東大の中でも負けてない


そういう背景もあって同じ東大生には連帯意識のようなものを感じるわけですが、かと言って他の東大生に負けてるとは全然思ってなくて、確かに抜群に頭がいい人はたくさんいるけれど、例えば僕は体育の授業では無双してて、走れば1位だったし、サッカーやバスケでも得点王になりました。

ファッションや清潔感にも気を遣っているし、コミュ力も高いほうだと思う。そういうスペックのかけ算で言えば、東大の中でも全然負けてないなって感じていて。これは自分を支える自信にもなっています(つづく)。

【1回目を読む】⇒東大生男子が語ったガリ勉人生 「東大以外なら負け」だった

<文/清田隆之(桃山商事)>
清田隆之
1980年、東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。近著に『さよなら、俺たち』『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』など




(エディタ(Editor):dutyadmin)
    顶一下
    (0)
    0%
    踩一下
    (0)
    0%
    ------分隔线----------------------------
    コメント(comments)
    Please observe the policies and regulations of the Internet.

    コメント(comment):
    気持(Expression):
    ユーザ:パスワード:
    認証コード:点击我更换图片

    最新コメント コメント詳細画面へ>>
    ランキング(Ranking)