―連載「沼の話を聞いてみた」―
地主で裕福だった実家が、家業の衰退と祖父の散財、父のマルチ商法と新宗教へのお布施で一家離散となったーー現在も出身地である東北地方で暮らす2児の母、高橋珠江さん(仮名・40代)の半生である。
家庭が崩壊した根本的な原因は祖父と父の精神面にあるのだろうが、状況を悪化させた一因には、明らかに「勧誘」の存在があった。そんな子ども時代を経て、高校を卒業した珠江さんは自活を目指し、喫茶店でバイトをしていた。ときは、平成の話である。
そこではじめて、珠江さん自身への「勧誘」に遭遇する。声をかけてきたのは、20代前半のバイト仲間だ。
「珠ちゃん、肩こりひどいっていつも言ってたよね。私が使ってる補正下着、すっごいオススメなの! 私は肩こりだけじゃなくて、5キロやせたんだよね。試着させてくれる店、すぐそこだから、帰りに一緒に寄らない?」
待っていたのは、熱烈な勧誘
正直たいして興味はなかったが、「試着させてくれる店」というのは本当にバイト先の目鼻先だった。バイトのあがり時間が一緒だったことから、付き合いで立ち寄ってみた。
するとそこは、珠江さんが想像していたような下着ショップではなかった。試着ブースがひとつある、ただの会議室のような空間。下着を着せた展示トルソー数点と、パンフレットらしき冊子。そして商品が入った段ボール。そこでは肩パッドに金ボタンの派手なスーツを着た(バブル時代の典型的なファッションである)中年女性がふたり、お茶をしていた。

「あら~お友だち? あなた、スタイルいいのねえ! そうね……バストが豊かだから、このウエストニッパーでキュッとしめると、メリハリが出てもっとスタイルよくなるわよ! あ~、お肌もきれいでうらやましい!! あ、これローズヒップティー。よかったら召し上がって~。バイト、おつかれさま!」
キャッキャとはしゃぐハイテンションな勢いに、圧倒された。
「補正下着を試着すると、強引にあちこちの肉をギュウギュウ詰めていくんですよね。一般的な下着のフィッティングも肉をカップに収めたりするけれど、それとはまったく違い、むりやり押し込むといった感じ。たしかにメリハリはすごいできたけど、普通に苦しかったわ」
下着ひとつにそんな効果が!?
女性の説明によると、その補正下着にはこんな効果があるという。
・ぜい肉に、あるべき場所はここだと下着によって記憶させると、その形が維持されるようになる。運動しなくても、ウエストは細くなり、バストはカップがあがる。
・矯正によって姿勢がよくなることで、肩こりや腰痛が治る。
・骨盤の歪みが正され、太りにくくなる。
下着を身につけることで姿勢や体型を意識するようになれば結果に可能かもしれないが、「下着の効果」とまで謳(うた)ってしまうと、完全に嘘だと言える。
「そして補正下着セット購入のすすめからの、購入者を紹介するとマージンが入るという説明です。父がマルチ商法のアムウェイにハマっていたので、ピンときましたね。
そこでやんわりと、『私は締め付けが極端に苦手で、普通のブラすら苦しいからちょっとむずかしいかな!』と断りました。実はそのバイト仲間もマルチ商法だとは知らなかったようで、あとから『なんかごめんね』と謝られました」
よからぬもののシステムを知っているということは、やはり重要だと思わせるエピソードである。
婚約破棄、弱っているとこに現れたのは
10代でマルチ商法のしくみを知っているのは、なかなかにレアだと思うが……。そしてそれ以上に、未成年が勧誘されるというのもめずらしいことだと思えるので、珠江さんに沼を呼ぶ何かがあるのかもしれない。
さて、ここではサクッと逃げきれたが、お次は霊感商法の勧誘がやってきた。
「実家を完全に出て、別の土地でひとり暮らしをしていたときのことです。当時、婚約者がいたんですが、彼の浮気によって破局。心のダメージが大きく、ひきこもりになりました。すると、男友だちが心配だと連絡してきたんです。
『行きつけの飲み屋、めちゃくちゃ料理がおいしいから行こうよ!おごるから遊びに出かけよう!』って。親しくしていたので、じゃあ出かけるか……と、外に出たんです」

すると、「飲み屋に行く前に、ちょっと一カ所寄りたい場所がある」待ち合わせ場所で、男友だちが寄り道の予定をサラリと告げる。
黙って着いていった先には…
詳しく聞かず「別にいいよ」とついていくと、そこはごく普通の民家だった。

何の特徴もない、庭付きの一軒家。引き戸の玄関内は広く、生活感が少なかったので、何かのお教室のようだとは思った。親戚の家? 友だちの家? それとも何か習っているのか?
「結局そこは、霊能者がお祓いをしてくれるという場所だったんです。部屋には、白っぽい装束をまとった中年女性が、ふたり。その男友だちも仕事で悩んでいて、お祓いをしてもらったらすごく調子がよくなったんだと、そこではじめて教えられました」
あっけにとられる珠江さんにおかまいなく、謎のセッションがはじまる。
手をかざされたり、紙に名前と生年月日を書かされたり、みんなで手をつないで呼吸のタイミングを指示されたり。そしてひとりが、連絡係しか入れないという奥座敷に行き、そこにいる霊能者におうかがいを立てる、という流れだった。
珠江さんを「視た」白装束の女性は相談窓口のようなもので、霊能者本人ではないらしい。
個人情報だだ漏れ疑惑
奥座敷に霊能者が本当にいるかいないかはわからないが、直接姿を見せないことで神秘的な雰囲気を出す演出としては、よくできているのかもしれない。

「戻ってきたその中年女性が言うには、私には動物の霊がついている。先祖がたくさんの動物を殺したから、その因果でいま不幸がふりかかっているんだと。男友だちから、私の実家が馬喰(ばくろう 家畜を売買、交換、斡旋する商売)だという情報が、事前に伝わっていたのが、丸わかりじゃないですか?
そして男友だちが、お札を買い、継続してお祓いしてもらうといい、と言うんです。もちろん断りましたが、彼が支払いはすべて自分が受け持つから! お祓いはしてもらったほうがいい! とゴリ押ししてくるので、承諾。それからやっと、飲みにいきました。飲み屋は約束どおり、料理のおいしい店でしたよ。でも、お祓いですっかり気分が白けてしまいましたね」
ついに訪問販売がやってきた
男友だちがガチの信者なのか、霊能者たちのグルなのかは、いまだにわからない。その後、たまにお祓いの家から「調子はどう?」と電話がかかってきたという。男友だちに持たされたお札は、捨てた記憶はないがテーブルの上に放置しているうちに紛失した。
ひきこもり期には、もうひとつ勧誘があった。実家で祖父の散財をさんざん見てきた、訪問販売である。

「一体どこから、情報を聞きつけてくるのか……。それまで一切来なかった訪問販売が、立てつづけに2件来たんですよね。布団と印鑑の業者です。
そのときは、結婚資金に貯めていたお金を使ってしまいたいとヤケになっていたので、商品の説明もろくに聞かず『あーはいはい、買うよ』というノリで買ってしまいました。ノリは違えど、実家のじいちゃんとやってること変わらないかもしれませんね」
「開運」を謳った印鑑は2本セットで10万円。当時のロン毛ブームに乗ったようなギャル男だったが、見た目のチャラさに反して納品までていねいに対応してくれ、満足度は高かったという。
羽根布団も相応に高価ではあるが法外な値段ではなく、なんと30年近く経ったいまでも使っているそうだ。ただ、契約時に聞いていたアフタ―サービスは受けられなかった。
「布団の業者に問い合わせると、適当な特典をアフターサービスとして並べて強引な勧誘をしていた時代もあるけれど、いまはもうやっていないと言われてしまいました。お詫びにと、クリーニングだけしてくれましたけど(笑)」
民間療法を「1回だけでも!」
その後、珠江さんは別の相手と結婚。ようやく幸せな暮らしがはじまる……と思いきや、がんを患った。

「すぐに標準治療を始めたんですが、いつも親身になってくれる知人が、それじゃあダメだ! と民間療法を勧めてくるんですよ。私は死にたくないから、自分の症状にいちばん適切だと考えられる標準治療を受けているわけで、体験談中心の民間療法は基本的に信じていません。
なので、結構です~と言っても、『とにかく1回だけでも!』と引かなくて。結局根負けして、温熱療法とやらに数回付き合いました」
その療法とは、アナウンサーの故・小林麻央さんが行っていたと報道されている「水素温熱免疫療法」である。
靴下でがんが消えると力説
高濃度水素の風呂で体温を40℃まで上げ、体の免疫力を高めるそうだ(医学的にまったく根拠がないといわれている)。「その人の気がそれで休まるなら」とつき合ったらしいが、闘病している友人にお金と気を遣わせ、その知人は本望だったのだろうか。
闘病の記録をブログでも発信していたため(現在は削除)、いつもコメントをくれる読者からも、「冷えとり靴下」(天然素材の靴下を5~10枚重ね履きして足裏から毒素を出すと健康になれる、と謳う「冷えとり健康法」に使われるもの)が送られてきたという。

後日、読者からはこんなメッセージが届いた。
「冷えとりでがんが消えたという話はたくさんあるんですよ! 私も冷えとり靴下で、片頭痛が治ったんです。どうか珠江さんにも、効きますように。よかったら、このSNSに冷えとりコミュニティがあるんで、ぜひ参加してみてください。そこにいろいろな体験談がありますよ」
このブログの読者も、お祓いに連れて行った男友だちも、温熱療法を進める知人も、補正下着を勧めたバイト仲間もみんな、珠江さんの幸せを願っての行動なのだろう。しかし「善意だからこそ、苦しい」と珠江さんは話す。
人間関係に必ずひびが入る
「これまでのお話でわかると思いますが、祖父が土地を手放すほどに散財した過剰な訪問販売や、父に借金だけを残したマルチ商法やカルト宗教と違い、私に関する出来事は、勧誘してきた人たちが悪いわけではありません。でも、結果的に大変迷惑であることも事実です。
ネットで表示される広告とは違って、これらの勧誘は相手が生身の人間です。断るにしても胸が痛むし、人間関係にひびが入り、そのたびに心が削られます。実害がなければいいとは、まったく思えません」

自分が人に勧めるそれは、本当にいいものなのか? その善意は、相手にとって迷惑になっていないか? 珠江さん自身も、それを考えるクセがついたという。「反面教師」という言葉で済ませたくない、できることならしたくない体験である。
自治体の集まりで、子どもの学校関係で、友人たちとのコミュニティで。今日も珠江さんは、警戒をつづけている。
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
