今夏も毎日のように報道されていた、海や川での水難事故。警察庁が発表した「令和4年における水難の概況」によると、令和4年(2022年)の水難事故の発生は1,346件。水難者は1,640人で、そのうち約半数の727人が行方不明になったり、命を落としています。
水難事故の発生場所は海が49.9%と最も多いですが、“子どもの事故”に絞ると状況が変わります。同年の「中学生以下のこどもの水難の死者・行方不明者」での割合をみた場合、最多は「河川」で53.8%。次いで「海」と「用水路」がともに15.4%となります。
圧倒的に河川で起きることが多い、子どもの水難事故。実際に川で溺れる体験をした男性に話を聞しました。
山の中の小さな川で、子どもだけで遊んでいたら
現在中学2年生の郷沼はるやさん(仮名・14歳)は、小学6年生だった2021年の夏、関東地方のある川で溺れた経験があるといいます。取材中、何度も「まさか自分が……」とひとり言のように呟いていたのが印象的でした。
「遊んでいたのは大きな川ではなくて、山の中のわりと小さめの川です。田舎のおばあちゃんの家から近くて、友達3人くらいで釣りに行こうという話になって。ついでに川でスイカを冷やしたり、川で泳いで遊ぼうという計画でした」
夏にしかできない、子どもたちの楽しい冒険の時間。しかし、そこに大人の姿はありません。近くに民家もなく、川にいるのは子どもたちだけという状況でした。そして到着してすぐに、一気に川の浅瀬に駆け寄ります。
くるぶし程度の水深の隣で「僕だけが2メートル下にいた」
一気に川に向かって駆け出した子どもたち。事故は突然起きてしまいます。
「友人たちは川の深さがくるぶしくらいのとても浅いところにいたので、僕もすぐにそこへ向かったんです。でも、ふたりに近づいた瞬間、目の前が真っ暗になって……。
意味も状況も分かりませんでした。転んで頭を打ったのかと思った。ただ、息を吸おうとしたら、鼻と口から思いっきり水が入ってきました。水の中に自分がいると気がついたのは、その瞬間でした」

くるぶしの深さの場所で、まさか溺れるなんて。必死に水の中から見上げると、数十センチ離れただけの友人たちの“足”が見えたそうです。
「僕がいた場所は、くるぶしの深さじゃなかったんです。当時160センチくらいの僕の身長でも、川底に立つことはできませんでした。深さは軽く2メートルはあったと思います」
ありえない状況に爆笑していた友人たち
「ほんの少ししか離れていないのに、深さ2メートルと“くるぶしの深さ程度”って、本当に意味が分からない。友人たちも最初は驚いていましたが、そんなありえない状況に大爆笑していました」
全員が突然のできごとに、驚きつつも“ウケていた”そう。しかしそれも、最初は郷沼さんが無事で笑顔を見せていたから。その後、状況は一変します。

「なんとか立ち泳ぎで呼吸をしながら、『笑ってないで引っ張ってよ』と言って友人に引っ張ってもらっていました。そしてかろうじて足のついた斜面から、浅瀬にのぼろうとしたんです。でも、底を踏んでも踏んでも、体が浮かない。というか、砂利(じゃり)があるはずなのに“踏ん張っている感覚”がないんです」
川の底は、のぼることができない“アリ地獄”だった
「アリ地獄みたいにすり鉢状になっていて、砂利しかないから踏んでものぼれないし、どんどん足をとられて後ろの深い方へ体がとられてしまう。『これはヤバいな』と思った瞬間には“プチパニック状態”になっていました」
友人たちはその段階でも、“郷沼さんが悪ふざけをして、溺れたふりをしている”と、本当に信じていたそうです。
「『後ろはもっと深そうだから、泳いで行ってみてよ(笑)』と言われて、どこまで深いんだよとさらに焦りましたね。僕の近くには大きな岩があって、その根元がざっくりとえぐれていたんです。
どれだけ焦って斜面をのぼろうとしても、一向にのぼれない状態が10分近く続いたと思います。友人たちもちょっと焦ったのか、『とりあえず、後ろの岩につかまれ』『岩にのぼって休め』と言ってきて。仕方なく体を反転させたとたん、全身に鳥肌が立つくらいの寒気に襲われたんです」
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底の見えない深みから、氷のような冷たい水が
すでに10分以上、首から下が水の中に浸かりっぱなしの状態。体は冷え切っていましたが、実はさらに最悪の事態に襲われていました。
「友人にひっぱってもらった僕はその時点で“足がつくかつかないかくらいの深さ”の場所にいたんですが、背後はさらに底が見えないくらいの深みがある場所でした。
木や岩の影で薄暗かったですが、本当に川底がその場所だけ真っ暗で見えないんですよ。直径2メートルくらいの広さだったと思います。その深いところから、真冬の公園の水道水くらい冷たい水が、ゆっくりじわじわと、僕の体を駆けのぼってくるような感覚に襲われていました。あの感覚は、本当に今思い出しても気持ち悪いです……」
冷たさと同時に、体の感覚も徐々に失われます。
「大人たちに助けられたけど、川はトラウマです」

「僕の顔色が一気に悪くなったみたいで、小刻みに震え出したらしいんです。『らしい』というのは、そのあたりの記憶がぼんやりとしていて、あんまりなくて。もう笑顔を作る余裕もなくて、身動きがとれない深さのところで、流されないように砂利の中に手を突っ込んだり、草を引っ張ったりするしかなかった。
友人たちもらちがあかない状況に『ヤバい』と思ったのか、一人が大人を呼びに行ってくれました。そのあとはうろ覚えだけど、大人の人たちが何人か来て助けてくれました。もう川はトラウマです」
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「水辺の安全ハンドブック」「水難事故マップ」も活用を
海や川などの水辺では、予想外の事故の危険性がいたるところに潜んでいます。このような水難事故の原因やデータ分析を行っている公益財団法人 河川財団は、水辺の事故を防ぐための「水辺の安全ハンドブック」を作成・公開しており、無料でダウンロード・印刷することができます(最新版は7月公開の2023年版)。
また同団体は、過去およそ20年間に川や湖沼などで発生した水難事故のうち、報道などから把握できた3,098件の河川等水難事故の内容と事故発生地点の位置情報を表示した「全国の水難事故マップ(川の水難事故マップ)」も公開しています。
尊い命がこれ以上犠牲にならないよう、リアルタイムの情報収集とリスクを回避する方法を、今一度事前に相談してみてはいかがでしょうか。
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<取材・文/赤山ひかる イラスト/ズズズ@zzz_illust>
赤山ひかる
奇想天外な体験談、業界の裏話や、社会問題などを取材する女性ライター。週刊誌やWebサイトに寄稿している。元芸能・張り込み班。これまでの累計取材人数は1万人を超える。無類の猫好き。
(エディタ(Editor):dutyadmin)
