夏に増加する、海辺や川の水難事故。この夏も、尊い命が犠牲になった報道を耳にするたびに胸が痛みました。
そんな中、かたくなに「僕は、溺れている人は絶対に助けない」と断言する男性に話を聞いてみました。その理由とは?
海で友人が溺れ、何も考えず反射的に飛び込んだ
茨城県在住の、山縣(やまがた)裕さん(36歳・仮名)。海や川など、自然豊かな土地で幼少期を過ごした山縣さんは、“水辺で遊ぶ危険性”も幼いころから教え込まれてきたそうです。
「とくに祖父からは『いいか、溺れた人を絶対に一人で助けようとするんじゃあねえぞ』と厳しく言われ続けました。なんでも、祖父が若いころに、海で溺れた友人を助けようとしたそうなんです。泳ぎには自信があったみたいで『助けを求める声が聞こえたから、何も考えず反射的に飛び込んだ』と。そしてすぐに友人のもとにたどりつき、声をかけて水中で体を支えようとしたのですが……」
すごい勇気と体力ですね。
「でも、『友人に近づいた瞬間に、真正面から覆いかぶさられるように体を持っていかれた』そうなんです。首や体中にしがみつかれて、そのとき小学校の高学年くらいだった祖父の体力と泳力では、到底たちうちできなかったと話していました」
「溺れているやつの力は、バケモン級だ」
「毎年夏になると、同じ話を教訓のように聞かされるのですが、いつもその話をするときは急に雰囲気が変わるというか、うつむいて強張った表情になるんです。
そして、『溺れてるやつの力は、人とは思えない、バケモン級の力だ』と」

たしかに、必死に助けを求める人の力はすさまじく、救助に行った人が巻き込まれて、結果的にどちらも溺れてしまうような二次被害も多発しています。
「幼いころからその祖父の話を聞きながら、『でも、実際に目の前で人が溺れていたら、ぜったい反射的に飛び込んじゃうだろうなあ』って思っていたんです。力がすごいといっても、後ろから抱えたり、うまく浮くものを持っていけば大丈夫だろうって。でも、まさか実際に自分が身をもって体験するとは思ってもいませんでした」
祖父の教訓を、身をもって知った夏
事故が起きたのは、山縣さんが中学3年生の夏のこと。地元の穴場の海水浴場で、友人たちと泳いでいたときのこと。気づかないうちに全員が潮に流され、元いた砂場のあるエリアから、数十メートル横に流されていたそうです。
「『沖に流されているわけじゃないから、どうせすぐ戻れるだろう』と思って、余裕ぶっていたんです。でも、いくら元の場所に戻ろうとしても戻れない。たとえるなら、“流れるプール”で、流れに逆らって泳いでいるような感覚です。海面は波が立ってるわけでもないし、穏やかなんですよ。でも水中はまったく違う。とにかく焦りました」

それでも必死に泳いでいると、少しずつですが元いた場所が近づいてきました。しかし、ここで予期せぬトラブルが発生します。
「このままだと殺される」と本気で思いました
「友達の一人が、一気に泳ぎすぎて疲労がたまったのか、海中で足をつって叫んでいたんです。つったくらいなら、引っ張って泳げばいいやと思って、すぐに近くへ行きました。でもその瞬間、同年代とは思えないくらいの力で“引っ張り込まれて”しまって……。
水中から出ている僕の肩と頭に覆いかぶさるようにしがみついてきて、そのまま声も上げられないまま海中に沈められてしまいました」
その様子はまるで、海中で肩車をさせられているような形だったとか。山縣さんは「溺れている人の力はバケモン級だ」と言っていた祖父の言葉を思い出します。
「それでもなんとか友達を助けようと思ったけれど、どう見ても助けが必要なのは僕の方でした。友達の両手はぼくの髪の毛をものすごい力でわしづかみにしていて、どうあがいても緩まない。足も首や肩にものすごい勢いで絡みついていて、外すことなんかできません。
瞬間的に、『このままだと殺される』と、本気で思いました。本当に怖かった……」
九死に一生を得た「ある行動」とは
「このままでは二人とも溺れてしまう。いや、むしろ下にいる自分の方がやばい状況」と考えた山縣さんは、勇気を出して“ある行動”に出ます。
「海中に沈められているときに、足元が尖った岩場に当たっていたんです。でも、底に立とうと思うと、深くて体全部が沈んでしまう。ところどころにある岩は、先端が鋭くなっていたけれど、長いものは結構上に細長く伸びていたんですよ。『岩場のどこかの先端にうまく立つことができれば、一瞬でも空気を吸えるかもしれない』と思ったんです。
そのためには、海中の状態を見なきゃいけない。しがみついてくる友人には申し訳ないけれど、あえて自分で深くもぐりました」
その瞬間、驚いた友人は、思わずしがみついていた両手を離しました。
「まさか僕が海に潜っていくとは思わなかったんでしょうね(笑)。いや、本当は笑えないんだけど、そのおかげで僕は少し海面に浮上できて、息を吸えた。水中の岩場の状態も見れたので、足が付く場所に少しずつ移動して、友人を落ち着かせながら引き離しました」
心が異常に穏やかになり、それがめちゃくちゃ怖かった
パニックになってもおかしくない状況で、そこまで冷静に行動できるとは。
「海中に沈められながらも『じいちゃんの言ってたのはこういうことか……』と、どこか冷静な自分もいましたね。もっとパニックになるかと思ったのですが、本当にヤバい状況になると、『あ、ごめん無理かも』『あー……なんか、みんなごめんなさい』って、心が凪のような、嵐の前の静けさみたいな、異常に穏やかな状態になりました。
あとから考えると、それがめちゃくちゃ怖かった。『溺れている人は、絶対に一人で助けようとするな』という言葉の意味が分かりました」
その後は、ほかの友人たちが近くにいた大人たちを呼びに行き、安全な砂浜まで誘導されたそうです。自身のこの経験から、「どんなに浅い海や川でも、ライフジャケットや、浮力のあるものを欠かさず持っていくようになった」という山縣さん。
入念な事前の準備。そして、呼吸を優先してあおむけで力を抜く「ういてまて」をはじめとする、事故が起きた際の動き方のシミュレーション。水難事故の二次被害を避けるために、できることを改めて考えてみたいと思います。
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<取材・文/赤山ひかる イラスト/ズズズ@zzz_illust>
赤山ひかる
奇想天外な体験談、業界の裏話や、社会問題などを取材する女性ライター。週刊誌やWebサイトに寄稿している。元芸能・張り込み班。これまでの累計取材人数は1万人を超える。無類の猫好き。
(エディタ(Editor):dutyadmin)
