<亀山早苗の恋愛時評>
次々と報道される有名人の結婚離婚。その背景にある心理や世相とは? 夫婦関係を長年取材し『夫の不倫がどうしても許せない女たち』(朝日新聞出版)など著書多数の亀山早苗さんが読み解きます。(以下、亀山さんの寄稿)
離婚は「今回の一件の終着」とした広末涼子に期待
女優・広末涼子がキャンドル・ジュン氏との離婚を発表した。3人の子の親権は彼女がもち、今まで通り暮らしていくという。不倫発覚前から夫に離婚を迫っていたとも報じられているのだから、離婚は当然のことだったのだろう。
思えばこの不倫騒動が発覚してから1か月半あまり、当事者たちが次々と登場して爆弾をぶちかますという、まれに見る大スキャンダルとなった。
最初は否定しながら、文春砲第二弾でラブレターまで公開されると、広末と不倫相手の鳥羽周作シェフが相次いで不倫を認めた。さらに妻に黙ってジュン氏が記者会見を開き、妻と子どもを守る体裁(ていさい)をとりながら、実際には広末のプライバシーを暴露。
事務所と夫が組んでいるのではないかと疑心暗鬼になった広末が文春に電話して自らしゃべり、さらに鳥羽氏が文春でのロングインタビューに答えた。

これで一通り声が出尽くしたかと思いきや、ジュン氏のパワハラや不倫が暴露され、鳥羽氏はジュン氏について悪口雑言をまくしたてた。ひとりの女優をめぐって、男ふたりの鞘当(さやあ)てが繰り広げられたのだ。
結果、男ふたりはとても「男を上げた」とは言えず、どっちもどっちだよねと評価される始末。
広末の離婚コメントに「不倫相手の妻子への謝罪がない」
そして今回、広末が離婚を発表。「不倫は悪」とする人々は、そのコメントにまでケチをつけた。いわく、「不倫相手の妻子への謝罪がない」とか。
しかし、彼女は不倫を認めた際のコメントで、「鳥羽様のご家族に悲しい思いをさせてしまったこと、辛い気持ちにさせてしまったことを何よりも申し訳なく思っています」と綴っている。離婚発表のコメントにも、その一文は必要だったのだろうか。
今回も同じような言葉を載せたら、かえって「鳥羽氏のせいで離婚した」という印象を世間に与え、それが相手の妻を傷つけるかもしれないと考えたとしても不思議はない。

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配偶者の不倫相手に謝罪を求めるのはおかしな話
そもそも、不倫をしたとき、相手の配偶者に謝る必要があるのだろうか。それぞれが自分の配偶者に謝るならいざしらず、相手の配偶者に謝るのはむしろ僭越(せんえつ)ではないのだろうか。
サレた側は、自身の配偶者を責めるべきであって、不倫相手に謝罪を求めるのはおかしな話。世界的に見ても先進国と言われる国の中で、不倫相手に慰謝料を請求できるのは日本だけだと言われている。離婚時の慰謝料でさえ珍しいくらいだ。ドイツには、「失われた愛の慰謝料は存在せず」という格言さえあるという。
日本の結婚は「愛情」だけで成り立っているわけではなさそうだ。だから今回の広末問題においても、「責任」という言葉が飛び交う。結婚は責任であって、愛情の問題ではないのが日本の結婚のありようなのだろう。
「子どもがかわいそう」も「結婚への責任が足りない」も、結婚を愛情の問題と捉えていないから起こる発言であり、むしろそうした制度にとらわれている人がいかに多いかを認識させられた。愛情で結びつき、愛情がなくなったら別れる。そうした「正直な生き方」のほうが、むしろ子どもへの悪影響も少なくなるのではないだろうか。
両親が揃っていれば、離婚さえしなければ、家庭という形さえ保っていれば「幸せ」だと考えることじたいが間違いだと、多くの人は知っているはずだ。家族という幻想が軛(くびき)となって身動きがとれないつらさを味わっている人が世間にどれだけいることか……。
「わがまま」といわれても、正直に生きたほうがいい
広末涼子は、自分に正直に生きている。最初の結婚・離婚も今回の結婚・離婚も、彼女は自分ならではの正直な判断のもと決断してきたのだろう。それを「わがまま」というなら、それでもいいと思っているのかもしれない。わがままも貫き通せば魅力となる。
「人間は責任をとるために我慢も必要。みんなが自分に正直に生きていたら社会はめちゃくちゃになる」と言う人もいる。そんなことはあるはずがない。
そのために法がある。法を犯せば裁かれる。法を犯さない範囲であれば、人は自由に正直に生きるべきなのだ。
もちろん、そこには非難の声があるだろう、叩かれもするだろう。そうであっても、正直に生きたほうがいい。なぜなら「自分の人生」だから。叩いてくる人たちこそ、無責任なのだから。
彼女にとって、ここは女優としてさらに飛躍するチャンスかもしれない。バラエティ番組で不倫をいじられてお茶を濁すより、舞台などで女の業を思い切り表現してもらいたい。

そういえば昨年11月に公開された映画『あちらにいる鬼』で、彼女は夫に不倫される妻役を演じていた。夫の不倫相手を演じたのは寺島しのぶ。感情表現豊かな寺島しのぶに比べ、広末は抑制の効いた演技を強いられたが、その中に女の業と怖さをにじませているのが印象的だった。
離婚は、新しい人生の始まりでもある。これからも波乱に満ちた人生を歩むことになるのかもしれないが、それをも含めて、「広末涼子という女優の人生」を見続けてみたい。
<文/亀山早苗>
亀山早苗
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
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