―連載「沼の話を聞いてみた」ヴィーガン女性の沼<後編>―
激しいダイエットで摂食障害寸前となり、粗食、マクロビ、有機野菜中心のベジタリアン、そして動物を搾取しないという信念に基づくヴィーガン(厳格な菜食主義)ライフへ――。
【前編を読む】⇒「焼肉なんて野蛮!」ダイエットをきっかけに過激な“菜食生活”にハマった女性の主張とは
【中編を読む】⇒「スーパーに並んでいるパックの肉に怒りを感じてた」菜食生活の沼にハマった20代女性の戦い
体調、目標、信念の変化。いるみるくさんさんが約8年間にわたる紆余曲折から、一般的な食生活に戻り始めたのは26歳のとき。友人と古民家へ移住したのがきっかけだ。
ひよこなら自分の手で…
「調理師免許をもっていたこともあり、私が食事を担当していました。するとしばらくして、友人が『ちょっとお肉も食べたい』と言うようになったんです。たしかに菜食生活で、友人が具合悪くなっちゃったらかわいそう。じゃあ自分が殺せると思う範囲の鶏肉あたりからはじめてみるね! となりました。卵を手にして『ひよこなら自分の手で処理できるよな』と確認して、調理する」
これは自分の残虐性を確認しているのではなく、「肉を口にするなら動物を傷つける精神的苦痛も引き受けなければならぬ」と考える、いるみるくさんのヴィーガン的信念だ。処理されてスーパーでパックされた段階からしか肉に関わらず消費することをずるいと長年考えていたというので、久々の肉料理はさぞかし抵抗があっただろう。
信念と生活は別モノ
「そうやって肉との付き合い方を見直していったら、生活というものは、信念とは別のところにあるという結論になりました。自分ひとりの生活じゃないんだから、これからは暮らしをもっと合理的に考えねばならんと。そうしているうちに流通に乗っかった肉を消費することを、ずるいと思う感覚も消えていきました」
数年ぶりに肉を口にすると「これこれ、懐かしい!」という感覚が弾けたという。体調は、肉を食べても食べなくても変化は特になかった。
ヴィーガンを実践した後に辞めた有名人の体験談は巷にたくさんあり、一例をあげると映画『プラダを着た悪魔』でブレイクした俳優アン・ハサウェイは、会食でサーモンを食べ「脳内でコンピューターが再起動したような感覚を覚えた」と語った。
筆者が過去に取材した女性の場合は、玄米菜食で常にイライラして疲れやすかったところ、動物性タンパク質をとるようになって体がとても楽になったと話していた。人それぞれである。
極端な食生活の弊害
「菜食生活でも肉を食べても体調が変わらなかったのは、20代で若かったからというのも大きいんじゃないでしょうか。ヴィーガンを卒業してからいろいろ調べましたが、あまりに長いことやるとやっぱり健康に何かと不具合が出てくるみたいですね」

「たとえば、とある国の調査では土壌に鉛が多かった、というニュースがありました。そこで採れた野菜ばかり食べていたら? やはり特定のものばかり食べるのはリスクが高い。極端なことやってて健康を害するところだったんだなっていうのは、沼から出たあとにブログやニュースをあれこれ見たりするようになって知りましたね」
なぜ沼から抜け出せたのか
「私の時代は情報が書籍メインで、そうした本にはヴィーガンやベジタリアンとして生きることのリスクってあまり書いていなかったように思えます。もちろん、自分の考えを補強するような本ばかりを手にするからだというのもありますけど」
いるみるくさんさんのヴィーガン生活は基本「ソロ活」だったことも、沼抜けしやすい要素だったのでは、とふりかえる。
「私はここ数年ダンスをやってるんですが、ファーを使って衣装を作ると、動物愛護の観点から目くじら立てて怒る人がいる。私の先生も『本当は私にもファーを使った衣装作ってほしいけど、使ったら何言われるかわからない』なんて言ってますね」

「その是非はさておき、コミュニティに属してしまうと何かしらの同調圧力が発生する、ということだなと。私がベジタリアンやヴィーガンをやっていたときはソロ活だったので、そうした圧力からは解放されていた。だからちょっとしたきっかけで、簡単に沼抜けできたのかもしれません」
当時はヴィーガンがあまりメジャーでなかったので仲間が見つかりにくかった。SNSが発達していなかったことも大きそうだ。
あの芸能人みたいになっていたかも
「まだネット接続も、電話回線を使ったダイヤルアップでピーヒョロロの時代ですからね。多少ネットの掲示板なども利用していましたが、横のつながりは必要としていなかった。それに加え、私に人を支配したい欲望がまったくなかったことも関係しているかもしれません。体験談を語って広め、いまでいう信者ビジネスのようなことをやる発想もなかった。もし私が集団を率いるのが気持ちいいと感じるタイプだったら、地方に移住して仲間と農園やってカルト村を運営していたかもしれませんね。もしくは吉川ひなのみたいに、ハワイで水中出産していたり」
過激なアクションを見て思うこと
ヴィーガンという沼から出てきて20年ほど経ったいま、SNSで見かける過激なヴィーガニストを見て「ちょっとお怒りを鎮めたほうがいいのでは」と感じている。
「小学校の前で血まみれの牛の写真を掲げて『ヴィーガンになろう』と子どもたちに呼びかけた出来事とかありましたよね。あそこまでいくと、もうテロみたい。SNS投稿にも過激なもの、たくさんありますよね」
「自分自身がソロでやってたときは、苛立ちがありましたが、攻撃したいというか気持ちにはならなかったので、あの攻撃性は何なのか。ちょっとわからないですが、想像するに同士とフォローしあって集団意識を持つと気がデカくなるし、あとこのメンバーがいれば世界を変えられる! みたいになるんでしょうか」
大事なことをしていたはずなのに
また昨今はSDGs需要に乗っかって、勢いづく場合もあるだろう。エコ、エシカル、サステナブル。こうしたキーワードから、何かしらの沼へ入っていくケースも多そうだ。

環境意識そのものは大切なことだが、実は逆効果であるのに妄信したり(例・川やプールに投入されるEM菌団子)、社会と断絶してしまうような極端な思想の団体にハマるなど、困った話は日々聞こえてくる。
上から目線は気持ちがいい
「健康問題、人間関係、承認欲求。自分自身もいろいろ危ういところにいたんだなというのは、いつも感じています。そしてあの、肉を食べている人を、上から見下ろす感覚。いまはもうヤバい思考だと思うけど、あれはあれでやっぱり気持ちいいものだということも思い出します。苛立ちと気持ちよさの、両方です」
それを味わいつつも、無事俗世へ帰還できて何よりである。
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
