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「虐待を受けた記憶がよみがえるのは、我が子に優しくしているとき」“連鎖”を断ち切れ

時刻(time):2023-01-03 08:04源泉(Origin):δ֪ 著者(author):kangli
幼い頃から実父による心身の虐待に怯えて育ったイラストレーター・漫画家のあらいぴろよさん。 自立し、結婚して「自分はもう大丈夫」と感じていましたが、子育てをしていると虐待の記憶が蘇ってきます。育児疲れが重なり、子どもに声を荒らげてしまうこともあったそう。 あらいさんの著書『 母が「女」とわかったら、虐待連鎖ようやく抜けた 』では、虐待の記憶
 幼い頃から実父による心身の虐待に怯えて育ったイラストレーター・漫画家のあらいぴろよさん。

 自立し、結婚して「自分はもう大丈夫」と感じていましたが、子育てをしていると虐待の記憶が蘇ってきます。育児疲れが重なり、子どもに声を荒らげてしまうこともあったそう。

 あらいさんの著書『母が「女」とわかったら、虐待連鎖ようやく抜けた』では、虐待の記憶や実母との関係に向き合い、自身の子育てのあり方を見つめ直す姿が描かれています。

 本記事では1話を紹介。後半ではあらいさんに、虐待の記憶を抱えながら子育てをする辛さや、虐待の連鎖を断ち切る難しさなどについて聞きました。

【先に読む】⇒あらいぴろよさんのインタビューはコチラ

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子どもを可愛がっていると蘇る記憶


――子育て中に虐待されたことがフラッシュバックすると描かれていましたが、どんなきっかけで記憶が蘇ることがあったのでしょうか?

あらいぴろよさん(以下、あらい):自分が子どもに優しくしているときが一番多かったです。私は親にそんな風に扱われたことがないので「どうして私は愛されなかったのか?」と疑問が浮かぶ形でフラッシュバックがありました。

――優しくしているとき、息子さんに嫉妬してしまうと描かれていました。

あらい:息子のことが純粋に羨ましかったです。でもこの感情が嫉妬であることになかなか気付けませんでした。

――よそのお子さんが優しくされているのを見て、羨ましいと思ったことはあるのでしょうか?

あらい:よその親子が仲良くしている様子は温かい気持ちで見ることができていました。自分がよその子と接するときは、何の責任もないせいか、純粋に可愛がることができていたと思います。「小さな子が羨ましい」という思いは、自分の子どもが生まれて初めて気づいた感覚でした。

――子育てする中でイライラが募っていった原因はなんだと思いますか?

あらい:虐待のフラッシュバックがある中、息子が生まれてすぐ実家の父の癌・愛人問題が発覚し、母を支えないといけない状態になりました。産後うつになりやすい時期だったのに、余計なものを抱えてストレスが多かったと思います。

――あらいさんが子どもを持つことを決心できたのはなぜだったのでしょうか?

あらい:あんな家庭で育ったせいか、“家族”というものに強い憧れはありました。夫とは交際期間を含めて5年間一緒にいて、その間に愛情表現の仕方が分からなくて理不尽な接し方をしてしまったこともあったのですが、2人で話し合いを重ねたことで私も落ち着いていきました。年齢的なことを考えたのと「ここまでやってこれたから子どもを産んでも大丈夫かな」と思っていました。






しつけと虐待の境目


――しつけで厳しく注意するのと、虐待につながるような暴言の境目はどこだと思いますか?

あらい:人格否定の有無だと思います。しつけのつもりで叱っていても「だからあんたはダメなのよ」という気持ちが入っていたら、それは親のストレス発散になっていると思います。あと「〇〇してあげている」という自己犠牲や、私のように「〇〇してやってるのにどうして分からないの!?」と逆恨みするような気持ちがあると、よくないほうへ繋がってしまうのかなと思います。もちろん体罰は絶対に無しです。

――よく「愛のある体罰」と言われたりしますが、それに対してどう思いますか?

あらい:愛があったら子どもに手を上げるという一線は超えられないと思います。それは自分を正当化するための言葉だと私は思います。言葉や日々の触れ合いの中で子どもに伝えられていないから、体罰に至ってしまっているのに、それを綺麗な言葉で言い訳しているのではないでしょうか。手をあげてしまうほど余裕がない場合は周りにヘルプを出していくしかないと思います。

――親から暴言を浴びて育った人が、自分の親から言われた言葉を子どもに使ってしまうことをどう思いますか?

あらい:私達は暴言によって親の言うことを聞いていたので「子どもはこれを言うと従う」と学習してしまっているんです。だから子どもの感情を犠牲にしてラクをしてしまうことがあると思います。でも本当はそんなことはしたくない気持ちがあるから、言ってしまったあとすごく後悔する人も多いと思います。そこはいまも私の課題であり一生をかけて考えなければいけないと思っています。でもあまり自分を追い詰めないように心がけています。

――子育てに不安を感じたときはどう対処していますか?

あらい:夫に「私はこういうやり方をしたいんだけど、どうしたらいいかな?」と聞いたり、第三者である学校の先生や小児科の先生に相談しています。

 以前は「こんな当たり前のことを聞いたらダメな親だと思われる」と怖かったのですが、できないものはできない。私にとっては100mを9秒で走れないのと一緒なんです。いい意味で、自分の感覚を信じないようにしています。でも「不安になったら周りに聞くことができる」「自分ができないことを分かっている」という点で自信を持っています。














虐待された過去を言いわけにしない


――虐待されて育った人は「自分を虐待した親の血が流れている」「自分も親と同じではないか」と悩むことがあると聞きます。あらいさんはどうやって悩みを解消していったのでしょうか?

あらい:私はずっと「私がこうなったのは親のせいだから仕方ないんだ」と親を言い訳に使っていました。だから親のことがなかなか手放せなかったんだと思います。でもそれだと、どんどん親と自分を同一視するようになって負のループにはまるようになりました。なので、親を言い訳に使わないことで自分と親をを切り離していきました。

――虐待した親への恨みを捨てるのはとても難しいことだと思うのですが、なぜそれができたのだと思いますか?

あらい:親に対して「謝ってほしい」という気持ちはありました。でも「親が謝ってくれたら自分は変われるのか?」と考えると、変わらないと思いました。「父が死んだらラクになれる」と思っていた時期もありましたが、結局ツラいままでした。外的要因では何も変わらない、すべては自分の中にあるんです。私は「今すぐ変わりたい」と思ったので、親に私の悲しみや怒りを全て理解してもらう、という幻想に期待するのはやめて自分と向き合うことにしました。

――「虐待の連鎖」と言われますが、どうやって断ち切ればいいのでしょうか?

あらい:「育てられたようにしか育てられない」という考えは捨てて、子育てで失敗があっても「じゃあどうしたらいいのか?」と考えることができれば、次の段階に行けると思っています。

 それを実感したのは、子どもを保育園に通わせ始めたときのことでした。私は初め、「変な母親だと指摘されたらどうしよう。最悪、子どもと引き離されるんじゃないか」と思ってすごく不安だったんです。でもすぐに「自分がもし暴力的だったとしたら、それが明るみに出た方が子どものためになる」と気づきました。

 それからは「何を言われてもいいやから、どうしたらいいか一緒に考えてほしい!」と思い、ささいなことでも保育士さんや小児科の先生にオープンに相談するようになりました。家族の問題に対し、常に「じゃあどうしたらいいのか?」という疑問を続けたことが連鎖を抜け出す糸口になったと思います。

<取材・文/都田ミツコ>
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。



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