共通の知人からの紹介で知り合って半年で結婚を決め、幸せな生活を送り始めたものの、すぐに夫の不倫が発覚。そしてその裏には、なんと義母まで絡んでいたという。
そんな「トンデモ結婚」被害にあった女性のその後とは。

「もう結婚はこりごり。まだその気持ちが抜けません」
苦笑しながらそう言うのは、サチさん(40歳)だ。この一件を人に話せるようになるまで3年以上かかったという。
サチさんが婚活を始めたのは34歳のころ。相談所にも登録したが、なかなかピンとくる人には出会えず、36歳を迎えるころには疲れ果ててしまった。
「ちょうどそのころ久しぶりに会った知人が、『あなたにぴったりの人がいるから紹介する』と言ってくれたんです。相手も同い年。話はトントン拍子に進んで、1週間後には相手に会うことができました。
第一印象はとてもよかった。有名大卒、有名企業のサラリーマンですが、いい意味でものすごく“普通の人”だったんです。私は彼ほど有名な大学でも会社でもないけど、彼は『いい大学ですよね』『ああ、あそこは地味だけどいい企業だと思います』と言ってくれて」
その日は知人を交えてランチをし、その後、ふたりだけでカフェへ。カフェでも話は途切れなかった。映画やスポーツなどの趣味についても語り合った。
「深い話ができる人だなと思いました。帰り際、彼から『また会ってもらえますか』と言われて、もちろん『はい』と答えて。最寄り駅まで送ると言われましたが、まだ夕方だったこともあり、ひとりで帰れるからと。とても温かい気持ちで帰路につきました」
帰宅すると知人から連絡があり、相手がサチさんと結婚を前提につきあうつもりでいることを告げられた。
そんな「トンデモ結婚」被害にあった女性のその後とは。

写真はイメージです(以下同じ)
何の不満もなかったのに
「もう結婚はこりごり。まだその気持ちが抜けません」
苦笑しながらそう言うのは、サチさん(40歳)だ。この一件を人に話せるようになるまで3年以上かかったという。
サチさんが婚活を始めたのは34歳のころ。相談所にも登録したが、なかなかピンとくる人には出会えず、36歳を迎えるころには疲れ果ててしまった。
「ちょうどそのころ久しぶりに会った知人が、『あなたにぴったりの人がいるから紹介する』と言ってくれたんです。相手も同い年。話はトントン拍子に進んで、1週間後には相手に会うことができました。
第一印象はとてもよかった。有名大卒、有名企業のサラリーマンですが、いい意味でものすごく“普通の人”だったんです。私は彼ほど有名な大学でも会社でもないけど、彼は『いい大学ですよね』『ああ、あそこは地味だけどいい企業だと思います』と言ってくれて」
その日は知人を交えてランチをし、その後、ふたりだけでカフェへ。カフェでも話は途切れなかった。映画やスポーツなどの趣味についても語り合った。
「深い話ができる人だなと思いました。帰り際、彼から『また会ってもらえますか』と言われて、もちろん『はい』と答えて。最寄り駅まで送ると言われましたが、まだ夕方だったこともあり、ひとりで帰れるからと。とても温かい気持ちで帰路につきました」
帰宅すると知人から連絡があり、相手がサチさんと結婚を前提につきあうつもりでいることを告げられた。
スピード結婚したが…
そこからわずか3ヶ月でプロポーズ、さらにその半年後には結婚生活へと突入していった。まさにスピード結婚。友人からは心配されたが、「彼は誠実で実直でユーモアもある素敵な人」とサチさんは胸を張った。
2時間ほどかけて彼の実家に挨拶に行くと、両親が大歓迎してくれた。近くに住む妹一家も訪ねてきてにぎやかだった。彼は愛されて育ってきたんだと実感したという。
一方のサチさんはすでに両親がいない。弟がいるが絶縁状態、行き来のある親戚もいない。それを慮(おもんばか)って、彼は結婚式はやめようと言ってくれた。友人たちを呼んでのパーティくらいしたいとサチさんは思ったが、彼は「きみさえいればいい。早く結婚生活を始めて友人たちを少しずつ呼べばいい」と言ったので同意した。
結婚生活は楽しかった。毎日、彼の新たな魅力を発見した。共働きだったが、彼は「家事は苦手だけど料理は得意」と、冷蔵庫を見てささっとおいしいものを作ってくれる。サチさんは掃除洗濯は苦にならない。私たちはいいコンビだねと笑い合った。
新婚わずか2ヶ月で……
ところがわずか3ヶ月もたたないうち、サチさんは夫に対して疑問がわいてきたという。きっかけは結婚して1ヶ月たった週末、「ちょっと実家に行ってくる」と彼が言い出したこと。
「そのときは母の具合が悪いらしいという話だったんです。一緒に行こうかというと、いいと言われて。それから毎週末の土曜日、朝から実家に行って夜まで帰ってこない。それが1ヶ月以上続いたころ、なんだかおかしいなと。
結婚しても自分の実家については気にしなくていいと言われていたので電話もかけたことがなかったんですが、ある日の夜、かけてみたんです。そうしたら義母が元気に電話に出た。おかげんいかがですかと言ったら、一瞬の間があって、『ちょっとね、腰を痛めてしまって。あまり動けないのよ』って。
ただ、私は覚えていたんです。電話が玄関先にあったことを。おかしいなと思いました」
週末、夫がそろそろ実家に着いたころを見計らって、また電話をかけてみた。すると義母が「さっき来たんだけど、今、買い物にでかけてくれている」と言う。「携帯にかけたらどうかしら」と言われ、ますます不信感が強くなった。
遅くに帰宅した夫に、「何を隠しているの」とストレートに尋ねた。
すると夫は「ごめん。やっぱりうまくいかないよね、こういうの。疲れた」と苦笑いした。
不倫相手の女性の罪悪感を減らすために結婚した夫
「夫は地元の幼なじみと不倫していたんですよ。相手は子どももいるし離婚できない。夫は自分も結婚すれば立場が同じになる、そうすれば相手の罪悪感も減らせると思った、と。
そのスケープゴートに選ばれたのが私だった。紹介してくれた知人は、夫の不倫のことは知らなかったけど、義母は知っていた。知っていながら、結婚すれば不倫も終わるだろうと思っていたらしい」
みんなに騙(だま)されたんですと、サチさんはうつむいた。毎週土曜日、幼なじみの人妻と数時間の逢瀬を重ねていた夫。そんな夫とベッドを共にしていた自分。そう考えると吐き気が止まらなかったとサチさんは言う。
「同じ部屋の空気も吸いたくない。そう告げて荷物をまとめてとりあえず、近くのビジネスホテルに泊まりました。夫が友人を呼んでのパーティをしぶったのも、そのことを知っている人がいるからだろうと推測できた。おめでたいのは私だけ。
嫉妬より屈辱感がひどかったですね。人を人とも思っていない。夫からメッセージが大量に来ましたが、開封もしませんでした」
相談したくても親もいない。学生時代からの親友に電話をかけると、彼女は飛んできてくれた。その日、彼女が来てくれなかったら絶望のあまり何をしでかしたかわからないとサチさんは振り返った。
死にたい気持ちが強まり入院も
それからは弁護士を入れて淡々と離婚協議を進めた。ただ、結婚生活が短かったため、彼女の「屈辱感と絶望」はあまり対価に反映されなかった。それでも引っ越しの資金を別途もらって、新しい生活を始めることができた。
「会社には結婚したことを言ってすぐ、離婚したことを言って。職場の人たちは、一時期、腫れ物に触るような扱いでしたが、かわいそうと思われるのがすごく嫌でしたね」
だから仕事に邁進(まいしん)したが、半年後にプツッと糸が切れた。希死念慮が強まったので自ら申し出て2週間ほど入院。その後もカウンセリングを受けて、なんとか「自分が生きていてもいいんだ」という感覚を取り戻したという。
「大学で心理学を学んでいたのと、親友の後押しで入院を決断できたことが大きかったですね」
カウンセリングを受けながらの職場復帰を果たし、今はようやく客観的に話せるようになったのだという。
元夫は、どれほど相手を傷つけるかまで考えて結婚したわけではないだろう。自分も結婚すれば、幼なじみとの不倫が楽になるかもしれないと思っただけ。だが、そんな安易な考えがサチさんを深く傷つけた。
たった数ヶ月のできごとから立ち直るのに3年以上かかっているのだから。心の損傷は大きい。もっと相手のことを調べればよかったのかもしれないが、信頼できる人からの紹介だったこと、お互いに結婚したいと思っていたことがベースにあったから、まさかそんな事態を抱えての結婚だとも思わなかったのだ。
「避けられない事故みたいなものだと今は思っています。でもじゃあ誰かとまた結婚するかと言われるとちょっと……。人生、折り返し地点にきて、これからどうやって生きていこうかと考える日々ですね」
子どもはもうあきらめるしかないのか、このままひとりで老いていくのか。タイムリミットは近づいているが、新たな決断と行動はまだ起こせないようだ。
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<文/亀山早苗>
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亀山早苗
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
(エディタ(Editor):dutyadmin)