【今日のにゃんこタイム~○○さん家の猫がかわいすぎる Vol.62】
猫と人は種が違うからこそ、時には互いの気持ちがすれ違い、溝ができてしまうことも……。そんなとき、悩みを受け止め、双方がハッピーになれるアドバイスを贈っているのがキャットシッターの谷沢澄江さん(@TANNIE_STYLE)。
谷沢さんは東京で「キャットシッターりあん」を営み、留守番サポートだけなく、訪問介護や猫に関する相談室を設けるなど、猫と人がより快適に暮らしていけるサービスを提供しています。
谷沢さんが、これほどまでに人と猫の絆を大切にする理由。それは、3歳で亡くなった愛猫りあんくんと過ごした日々があったからでした。
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里親募集サイトでキジ白の子猫にひと目惚れ

2012年。猫飼育可物件への引っ越しを間近に控えていた谷沢さんはある日、里親募集サイトでキジ白の子猫にひと目惚れします。その子は交通量の多い路上にいたところを保護された野良猫でした。
「保護主さんのご自宅にはワンちゃんがいて、ご家族が猫アレルギーだったので里子に出すことにしたそうです」
新居に移るまでの間、保護主さん宅で大切に育てられた子猫は「りあん」という名前を貰い、谷沢さん宅の子になりました。
りあんくんはおうちにやってきた当日から、コタツでスヤスヤ眠った大物にゃんこ。好奇心旺盛で、子猫時代にはカゴの中に収納してあるたくさんのおもちゃの中から遊びたいものを自分で選別し、持ってきては走り回っていたことも。
食べることも大好きで、谷沢さんが自動給餌器をセットして遠方に行ったときにはフードの排出口に手を突っ込み、取り出そうと試行錯誤。
「なぜか麩菓子が大好きで、私が食べているとすごい勢いで襲われました(笑)」
2歳でFIPを発病

微笑ましい日々が一転したのは、りあんくんが2歳を過ぎた頃のこと。
「食事中、頭を振るような仕草を見せ、食べにくそうにしていたので違和感を抱きました。これまで食欲が落ちたことがなかったのに、ご飯を残してもいて」
心配になり、即病院へ。初め原因は分かりませんでしたが、1ヶ月半ほど経った頃、FIP(猫伝染性腹膜炎)だと診断されました。
FIPは猫腸コロナウイルスが猫の体内で突然変異し、発症するとされている病気。完治が難しく、命を落としてしまうことも少なくありません。最近では無認可の治療薬を用いて寛解を目指す飼い主さんも増えてきていますが、高額であるため、治療を諦めざるを得ない場合もあります。
りあんくんが病気を発症した当時は無認可の治療薬もなかったため、谷沢さんは何件も病院をまわり、ようやく信頼できる獣医師と出会え、投薬治療を開始。
闘病中は悪いイメージを持たないようにした

闘病中、一番難しいと感じたのは自分の感情をコントロールすることでした。
「ヒト家族の不安やストレスは猫さんに伝わります。だから、病気が判明してからは泣かない、悪いイメージを持たない、掃除をするを徹底しました」
りあんくんの食事量や体調を細かくメモすることも日課になりました。
「愛情給餌(=強制給餌の意)もし、東洋医学や漢方も取り入れてケアしていました」
仕事を休み、一緒に過ごすことも

また、りあんくんが辛そうなときには仕事を休み、できる限り一緒に過ごすよう意識しました。
「直属の上司が『長い目で見たら仕事なんかよりも命のほうが大事です。そばにいてあげてください』と言って下さいました。この方のおかげで長い時間、りあんくんと過ごすことができました」
こうした周りのサポートも受けつつ、谷沢さんは1年半、病気と闘う愛猫を懸命に支え続けたのです。
「泣かない」の誓いが守れなかった最期の時

別れの日は突然やってきます。その日、りあんくんはキッチンマットの上で倒れ、失禁。そこで、レンタルしていた酸素室に入ってもらおうとしましたが、りあんくんは抵抗します。横から酸素を入れ、キャリーケースの中で落ち着いてもらうことにしました。
これまでトイレの失敗は一度もしたことがなかったため、この先寝たきりになる可能性があることを覚悟。しかし、それから6~7時間、りあんくんの意識はもうろうとし続け、やがて最期の時が。
絶対に愛猫の前では泣かないと谷沢さんは心に決めていましたが、別れの時だけは涙が抑えられませんでした。「伝えられたのは『ありがとう。もう頑張らなくてもいいよ』でした。その後、お世話になった獣医師さんに電話で連絡したら、『よく頑張ったほうじゃねえか?』とおっしゃってくださいました」
二人三脚で病と闘った日々。そこには、決して忘れたくない大切な思い出がたくさん。「愛すべきあの子が辛くないよう、苦しくないように何がしてあげられるか。そればかり考えていました。頑張り屋さんだった彼との闘病生活は葛藤の毎日であり、とても美しい時間でした。」
りあんと出会えたからキャットシッターの自分がいる
「私をキャットシッターに導いてくれたのは、りあんくん。彼と出会えたから猫を学べ、キャットシッターという職業があることも知れました」

そう語る谷沢さんは「キャットシッターりあん」で出会った全ての猫と家族の間に、いつまでも穏やかな時間が流れるよう日々、奮闘中。FIPと向き合う家族の相談にも耳を傾けてきました。
「そのとき必ず伝えるのが『泣かない、落ち込まない、焦らない』です。余命宣告されているように感じる病気だから辛くないわけがないし、人によってはこの言葉が冷たく感じられたりキツイと思ったりすることもあるかと思いますが、時間勝負な病気だからこそ、今しっかりと踏ん張ってほしい。ご家族の笑顔が一番のお薬です」

「闘病」は愛猫だけがするものではなく、共に暮らしている家族や信頼できる獣医師と一緒にしていくもの。自身の経験を踏まえ、そう感じたからこそ、谷沢さんは飼い主さんには自分のメンタルをコントロールしながら、難病の愛猫に笑顔で接してあげてほしいと話します。
“猫生”を通じてたくさんのことを教えてくれた

永遠のニャンバーワン猫息子。天国の愛猫を、そう表現する谷沢さんは今でも毎日ロウソクに火をともし、感謝の気持ちを伝えています。
「彼は“猫生”を通じて、ヒトよりも短い一生である猫さんと暮らすことの意味や命の美しさ、失ったときの痛みなど、たくさんのことを教えてくれました」
いつか虹の橋のたもとで再会したとき、少しも恥じることなく笑顔で「頑張ってきたよ」と報告する。そんな目標を抱きつつ、谷沢さんは今日も猫のスペシャリストとして活躍しています。
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<取材・文/愛玩動物飼養管理士・古川諭香>
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古川諭香
愛玩動物飼養管理士・キャットケアスペシャリスト。3匹の愛猫と生活中の猫バカライター。共著『バズにゃん』、Twitter:@yunc24291
(エディタ(Editor):dutyadmin)

