2021年1~11月、女子SPA!で大きな反響を呼んだ記事を、ジャンルごとにBEST5まで紹介します。こちらは、「社会・生き方」ジャンルの人気記事です。(初公開日は4月11日)
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『負ける技術』などのコラムや、30代からの終活を描く漫画『ひとりでしにたい』が文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞した、人気の漫画家・コラムニストのカレー沢薫さん。
新しく上梓したコミックエッセイ『なおりはしないが、ましになる』では、自身の発達障害を描いて話題です。
片付けが苦手、一つのことしかできない、相手の顔を覚えられない、空気が読めないなど、様々な「発達障害」にまつわる悩みや、検査、通院、薬、グループミーティングへの参加などが、ポップかつシュールな笑いに包まれて語られています。
また、マンガの医療監修を担当した東京リワーク研究所の五十嵐良雄医師の「発達障害」についてのコラムも掲載され、より詳しく知ることができます。
カレー沢薫さんに、自作を解説してもらいました。
(以下、カレー沢薫さんの寄稿です。)





発達障害と診断されたのは三十代も半ばになってから
「なおりはしないが、ましになる」は私の発達障害疑惑から検査、発覚、そして改善の道のりを記録したエッセイ漫画である。
私が発達障害の検査を受け「不注意型のADHD、ASD(※)の傾向アリ」と診断されたのは三十代も半ばになってからだった。
※発達障害の種類で、ADHD=注意欠如・多動性障害、ASD=自閉症スペクトラム障害
しかし、突然発達障害になったのではなく、生まれつきだ。
最近よく「大人の発達障害」と言うが「大人になって発達障害になった」という意味ではなく。
文字通り大人で発達障害の人、もしくは大人になって発達障害であることが「発覚」した人のことを指すのだろう。
つまり発達障害は生まれた時から死ぬまで発達障害で、これから「初老の発達障害」「老人の発達障害」となっていく。
自分で書いて暗澹(あんたん)たる気分になってきたが発達障害とは「生まれつきの脳の機能障害」のことである。
そう私の通っているクリニックの先生が書いた本に書いてあるので、これは間違いない。
この本は、はじめてクリニックに行った時、気づいたら買うことになっていた本だが役に立っている。
子どものころから、そんな気はしていた
ちなみに何故か「うつ病」の本も一緒に買うことになってしまったのだが、これもいつか役に立つかもしれない、ということだろう。
ではなぜ大人になるまで発達障害であると気付かなかったかというと「学生時代は問題なかったが、社会に出て急につまづく」というパターンから発覚する場合もあるが「子どものころからそんな気はしていた」という人も多い、私もその一人だ。
なぜ中年まで検査を受けなかったのか
集中力がなく飽きっぽく、急に変なことを口走ることもあり、一貫して友達が少なく、友達がいなさすぎて、教師が突然家庭訪問にきたこともあった。
社会人になってからもそれが顕著(けんちょ)で、隙あらば仕事以外のことをしようとしたり、間違いも多く、もちろん職場で人間関係を築けず、ミスをしたら誰にも相談できず隠したりと、とにかく周囲に迷惑をかけまくった。
早くから違和感を感じていたのに、なぜ中年になるまで検査を受けなかったかというと、まず「中年だから」である。
他の地域はわからないが、私が子どものころは「発達障害」という言葉自体が存在しなかったのだ。
ない物の名前はつけられない。
「鼻血」という言葉がなければ「鼻から血が出ている人」と呼ぶしかないように「発達障害」という言葉がなければ「落ち着きのない変なガキ」としか言いようがないのである。
よって、自他とも「何か変」とは気づいていても「それ発達障害じゃね? 検査してみれば?」という話にはならなかったのだ、そもそも検査する場所があったのかも疑問である。
今度は「社会人」という壁があった
しかし社会人になるころには、我が村にも「発達障害」という言葉が伝来し、もしかしてそうなのでは? と思うようにはなった。
だが今度は「社会人」という壁があった。
病院というのは基本的に平日昼間やっているもので、会社員が休みの日には閉まっている場合が多い。
たとえ病気でも「こりゃ内臓が破裂してんな?」という確信がない限りはなかなか平日休んで病院に行ったりしないものである。
目に見えて心身に不具合が見られるわけではない発達障害ならなおさらだ。
よって、何故その年で発達障害の検査を受ける気になったのか、と聞かれたら「会社をほぼクビになって平日動けるようになったから」と言うしかない。
しかし多くの人が「できればクビになる前になんとかしたい」と思っているだろう。
担当は二週間で病院を探してきた

だが、仕事を辞めてすぐ検査に行ったわけではない、その間会社を辞めたせいで「集中力のなさ」が余計顕著になってしまい、ダメだこいつ早く何とかしないと、と思っていたのだが、検査する病院すら見つけられないでいた。
これは「どの病院を選ぶか決めきれない」という話ではなく「大人の発達障害を検査してくれる病院」自体をお得意のネット検索で見つけることが出来なかったのだ。
そんな時、別件で漫画の担当と会うことがあり、そのことを話したところ「それは検査した方がいい、ついでに漫画のネタになりそうならしたら良い」と言われた。
編集者というのはコミュ力と行動力の化物である場合が多いので、私が30年以上グダグダしていたのに対し、担当は二週間ぐらいで病院を探してきた。
しかし、その病院が「狂った街凍狂」でお馴染みの「東京」だったことには驚いた、ちなみに私の家からの通院手段は「飛行機」だ。
だが、この時にはもう後には引けなくなっていた、ちなみに「断るの下手かよ」という特性も発達障害にはあるらしい。
発達障害に関しては未だに凄まじい地域格差がある
だが、これは後に正しいということがわかった。
何故なら、私は近くで病院を見つけられなかったのではなく「存在しなかった」のだ。
後日、地元の家族に発達障害を持つ人と話す機会があったのだが「我が県でも子どもの発達障害を診てくれるところはあるが、大人を診てくるところはほぼ皆無」と教えられた。
このように発達障害に関しては未だに凄まじい地域格差がある。
私はたまたま近くに化物がいたからまだ良かったが、おそらく長年違和感を感じながら「検査」まで至れない人は大勢いるだろうし、私のような地方民なら尚更だと思う。
必ず検査して明らかにしなければいけないというわけではないが、本書では検査や検査してどうなったかなどが書かれているので、何かの参考にしてもらえればと思う。
発達障害だろうが、なかろうが本人が楽になることが重要
ちなみにタイトルでネタバレしてしまっているが、発達障害は現時点で「治る」ものではない。
これは絶望的な話かもしれないが「治る」と言われたら「何故俺は治せないのだ」と絶望するに決まっている。
どうせ治らないなら、治らないということをポジティブに、悪く言えば開きなおった方が楽な部分もある。
とにかく、発達障害だろうが、なかろうが本人が楽になることが重要ということだけはわかったのだ。
【カレー沢薫さんによる30代からの終活マンガ『ひとりでしにたい』自作解説はこちら】⇒孤独死は、死ぬ予定があるひと全員が関係ある話/カレー沢薫・自作解説
<文/カレー沢薫>
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