元ヤンで背中から腕にかけてガッツリとした和彫り、過去には違法薬物の過剰摂取によってICUに搬送されて意識が3週間戻らなかった上に左下半身麻痺になったこともある。
そんな女性が今、いろんな人の居場所になれるカフェを経営したり、薬物依存症や虐待防止の啓発を行ったり、保護司として活動したりしている。また、最近は執筆活動にも力を入れている。彼女の名は風間暁さん(29歳)。

彼女のおいたちは想像を絶する。まず、幼い頃に親からの虐待があった。
「幼稚園の頃、クラシックピアノを習っていて、親は私をピアニストにしたかったみたいで、毎日6時間の練習を強要されました。でも、私は練習をしたくなくて『やりたくない』と言うと、夕飯抜きにされたり暴力を振るわれたりして。それがどんどんエスカレートしていって、手足を縛られて口をガムテープで塞がれ納戸に閉じ込められるようになりました。当時まだ小学校の低学年です」
この折檻(せっかん)の様子を父親は見て見ぬ振りだった。その後、小学校に入学するがあまり学校に行っていなかった。そんな折、父親が飲酒運転で逮捕される。その事故のせいで住んでいた地域にいづらくなったため引っ越しをした先で出会ったのが不良グループだった。小5からグレ始め、母親に何か言われても「うるせぇクソババア」と反抗するようになった。
「転校生だったので周りの子たちとどうかかわっていいか分からない中、気さくに『遊ぼうよ』と声をかけてくれたのが不良グループの人たちでした。彼らも家庭に何らかの問題を抱えている人たちが多かったです。それで、酒やタバコを盗んだり、この頃から通称『ガスパン』と呼ばれる薬物を用いた遊びも始めました。
また、不良をやっていると喧嘩が絶えません。殴れば相手が黙るということを学び、そう言えば母親も私を殴って黙らせていたなと思い、毎日のように喧嘩をするようになりました」

喧嘩をしていた中1のある日、警察官に見つかってしまい、傷害等で補導される。そこから余罪がボロボロと浮き彫りになり、児童自立支援施設に入ることになる。児童自立支援施設とは文字のごとく児童の自立を支援する施設で、寮生活だ。朝は起きたらぴしっとシーツの角を合わせて畳み、その後は掃除。掃除は少しでもホコリが残っていたらやり直しをさせられる。そしてマラソンというコースだ。また、施設内に分校があり、中学の間はそこに通うことになる。
中学卒業まで児童自立支援施設で過ごした後、彼女はバンド活動とライブ撮影のカメラマンを始め、カメラマンとして生計を立てられるようになった。しかし、まだ薬物は続けていた。
そんな女性が今、いろんな人の居場所になれるカフェを経営したり、薬物依存症や虐待防止の啓発を行ったり、保護司として活動したりしている。また、最近は執筆活動にも力を入れている。彼女の名は風間暁さん(29歳)。

幼稚園の頃から虐待を受けて育つ
彼女のおいたちは想像を絶する。まず、幼い頃に親からの虐待があった。
「幼稚園の頃、クラシックピアノを習っていて、親は私をピアニストにしたかったみたいで、毎日6時間の練習を強要されました。でも、私は練習をしたくなくて『やりたくない』と言うと、夕飯抜きにされたり暴力を振るわれたりして。それがどんどんエスカレートしていって、手足を縛られて口をガムテープで塞がれ納戸に閉じ込められるようになりました。当時まだ小学校の低学年です」
この折檻(せっかん)の様子を父親は見て見ぬ振りだった。その後、小学校に入学するがあまり学校に行っていなかった。そんな折、父親が飲酒運転で逮捕される。その事故のせいで住んでいた地域にいづらくなったため引っ越しをした先で出会ったのが不良グループだった。小5からグレ始め、母親に何か言われても「うるせぇクソババア」と反抗するようになった。
小5から不良グループに、中学の間は施設で過ごす
「転校生だったので周りの子たちとどうかかわっていいか分からない中、気さくに『遊ぼうよ』と声をかけてくれたのが不良グループの人たちでした。彼らも家庭に何らかの問題を抱えている人たちが多かったです。それで、酒やタバコを盗んだり、この頃から通称『ガスパン』と呼ばれる薬物を用いた遊びも始めました。
また、不良をやっていると喧嘩が絶えません。殴れば相手が黙るということを学び、そう言えば母親も私を殴って黙らせていたなと思い、毎日のように喧嘩をするようになりました」

喧嘩をしていた中1のある日、警察官に見つかってしまい、傷害等で補導される。そこから余罪がボロボロと浮き彫りになり、児童自立支援施設に入ることになる。児童自立支援施設とは文字のごとく児童の自立を支援する施設で、寮生活だ。朝は起きたらぴしっとシーツの角を合わせて畳み、その後は掃除。掃除は少しでもホコリが残っていたらやり直しをさせられる。そしてマラソンというコースだ。また、施設内に分校があり、中学の間はそこに通うことになる。
中学卒業まで児童自立支援施設で過ごした後、彼女はバンド活動とライブ撮影のカメラマンを始め、カメラマンとして生計を立てられるようになった。しかし、まだ薬物は続けていた。
22歳で母になって、薬物をやめ続けている
「本格的に薬物をやめようと思ったきっかけは、22歳で子どもができたことです。そこから薬物依存症の自助グループに通うようになり、今は薬物をやめ続けています。正直、今も薬物を使いたくなることはあります。
最近は虐待防止関連のオウンドメディアでの執筆や『とどけるプロジェクト』という新型コロナウイルス関連の情報不足等で困っている当事者へ向けたアウトリーチと、出版が決まった本の執筆をしているのですが、筆がのってきたのに眠くなって瞼が閉じ始めたとき『今、薬物を使えば〆切までに書き上げられる』と思っちゃうんです」
発達障害や非行少年etc.が集まれるcafeのオーナーに
彼女の薬物との闘いは今でも続いている。薬物を辞められている理由は自助グループへの参加が大きいのかと思いきや、「今、私のことを必要としている人がいる」ことに気づいたからだそうだ。
風間さんがオーナーを務める江戸川区にある「ごちゃまぜCafeメム」(現在は緊急事態宣言中のため休業中)は発達障害や精神疾患や基礎疾患のある人、非行少年や引きこもりを含め、いろんな人が集まって楽しめる場となっている。最近はキッズスペースも作り、子どもが遊んでいる間にママさんたちが食事やお茶を楽しんでリフレッシュできるようになっている。また、子ども食堂も担っており、子どもは飲食が無料だ。
「メムに来てくれているお客さんは私の過去や元薬物依存症であること、傷害事件等を起こしていたことを知っている上で来てくれています。正直、そんな過去がある人がいるお店って怖いじゃないですか。いつまた私が薬物を使ったり暴力を奮ったりするかわからない。でもそれをわかった上でみんな足を運んでくれるし『一緒にお仕事をしましょう』と声をかけてくれる人もいる。
今日の取材だってそうです。自分にはこんな過去があってひどいこともしてしまったけど、ちゃんと大切にしてもらう価値があるのかなと思えるようになったのが、本当にここ1年ほどの間です」
虐待されたサバイバーの経験が生きている
今年は新型コロナウイルスに振り回された年だったが、風間さんにとってはそれほど困難ではなかったという。メムではまだ、コロナが中国で流行している段階でアルコール消毒液やマスクなどを用意して無料配布を始めた。
「直感的に絶対日本にも来て消毒液やマスクの買い占めがあるとわかったんです。私、いつも最悪の事態を想定して動いているんです。例えば今、突然誰かが殴りかかってきたらどう対戦しようか、どこの窓から逃げようかとか50通りくらいの方法がいつも頭の中にあります。虐待されたサバイバーの経験が生きているんです。
コロナのときもまだ2月の段階で、メムに来てくれたお客さんの中で地方に実家がある人にご協力いただいて、大人用マスクと子ども用マスク、消毒液を調達しました。そしていよいよ猛威をふるい始めたときに無料で配布したり、希望者には郵送もしました。
私はサバイバーとしてずっと非日常を生きてきたので、コロナ禍も多少不便さはあっても、私の中ではそういういつもの非日常が来たという感じです。多分、麻痺している部分もあると思うのでそれはそれで良くないこともあると思うのですが、良い方向に使っていけたらと」
虐待と非行と依存症は地続き
また風間さんは、虐待も非行も依存症も自分の中では地続きだという。

「私みたいな苦しい生き方をする子どもがこの世から消えてほしいという思いがあります。保護司としての活動も、子どもが10人いれば10通りの対策を作らないといけないと思います。虐待があって非行に走る子どもはとても多いし、非行がなくても依存症に走る人も多い。この啓発をすることで理解を深めて防止に繋げていかないといけない。
あと、こないだバンドをしていた頃のCDが見つかって歌詞カードを見てみたら、虐待についての子ども目線の歌詞ばかりでした。自分がどんなに苦しかったのかわかってほしいというのがすごく強かったんです。でも今はもうちょっと配慮の範囲が広がったというか、自分の苦しさもあるんだけど立ち直れたそのプロセスを、あのときの私みたいな人たちに伝えられるロールモデルになれたらいいのかなと思って、今の活動を行っています」
司法試験の勉強を始めたわけ
風間さんの今後の目標は司法試験に合格することだという。
「今、仕事や育児の合間にちょいちょい司法試験の勉強をしているんです。本当は精神科医になりたいのですが、医者は大学に行かないといけないしお金もかかる。でも司法試験は中卒でもいけるんです。入れ墨があっても大丈夫なこともある。私ができるのはこれしかない。弁護士になるかならないかは置いておき、司法試験に合格したいですね。
虐待や非行など依存症の人がセンセーショナルな部分を話して自分の苦しみを吐露する方法も大切だと思うのですが、大人になっても苦しいのかという姿を子どもが見ていると嫌になってしまうのではないかと思って。大人になって、こんな過去があってもあきらめないで勉強すれば弁護士にもなれちゃうんだっていう希望を子どもたちに見せたいんです」
壮絶な過去とこれからの明るい未来と希望について語ってくれた風間さんの指には、年少リング(指輪のように見えるように彫った入れ墨)と根性焼きが目立つ。虐待や複雑な家庭環境などで苦しいから非行や依存症に陷いる。今、過去の風間さんと同じような立場にいる当事者に寄り添う姿に勇気をもらえた。
【風間暁さん】社会的包摂カフェ「ごちゃまぜCafeメム」オーナー、保護司、ASK認定依存症予防教育アドバイザー、フォトグラファーなど。2児の母。twitter:a.k.a karma
<取材・文/姫野桂 撮影/林紘輝>
姫野桂
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei
(エディタ(Editor):dutyadmin)


