筆跡アナリストで心理カウンセラーの関由佳です。約3年間の闘病の末、旅立ってしまった最愛の夫。ついに最後の仕事である「喪主」を務めることになりました。
実は、葬儀の下調べは夫が亡くなる約1か月前から始めていました。というのも、夫自身が朦朧とする意識の中「葬儀の準備をして」と言ってきたことと、私も漠然とした不安を抱えていたからでした。
あとは、夫が亡くなってバタバタと葬儀の準備を始めて、悔いを残したくないという気持ちもありました。最後まで、夫のためにできる最善を尽くしたかったのです。
しかし、葬儀の相場価格についてネットで調べたところ、一般的な葬儀とされる通夜と告別式を行うと、なんと平均で120万円もかかると判明。しかもそこに飲食代や寺院へのお布施、香典返しなどが発生すると、最低でも200万円ほどになるのです。
「葬儀ってこんなにかかるの!?」と卒倒しかけた私。貯金などほとんどなく、夫の障害年金と私の稼ぎで生活費と治療費、入院費を支払うというギリギリの経済状況だったため、慌てていくつかの葬儀社に見積もりを依頼することに。
いつ亡くなるかわからない状況もあり、急いで気になる葬儀社さんに連絡を取ってみました。

夫が自宅に戻る1週間ほど前(亡くなる約3週間前)に葬儀社の担当者さんと会い、説明を聞くことに。すると、今の葬儀は通夜と告別式の形以外にも、火葬だけや告別式だけのプランなど、費用や人数に合わせて選べることを知りました。
思っていたよりもリーズナブルにできるとわかり、ホッと胸をなでおろした私。予算や予想する参列人数を伝え、告別式のみの葬儀をすることにしました。後日最終見積もりを出してもらい、だいぶイメージが具体的に。担当者さんの対応がとても丁寧だったこともあり、不安はほとんどなくなりました。
そして夫が亡くなった日、葬儀社へ連絡を入れたところ、すでに見積もりがあったのでかなり迅速に手配を進められました。打ち合わせも短時間で済み、ゆっくり家で夫の亡骸と最後の時間を過ごすことができたのです。
“普通の葬儀”の相場はなんと最低200万円
実は、葬儀の下調べは夫が亡くなる約1か月前から始めていました。というのも、夫自身が朦朧とする意識の中「葬儀の準備をして」と言ってきたことと、私も漠然とした不安を抱えていたからでした。
あとは、夫が亡くなってバタバタと葬儀の準備を始めて、悔いを残したくないという気持ちもありました。最後まで、夫のためにできる最善を尽くしたかったのです。
しかし、葬儀の相場価格についてネットで調べたところ、一般的な葬儀とされる通夜と告別式を行うと、なんと平均で120万円もかかると判明。しかもそこに飲食代や寺院へのお布施、香典返しなどが発生すると、最低でも200万円ほどになるのです。
「葬儀ってこんなにかかるの!?」と卒倒しかけた私。貯金などほとんどなく、夫の障害年金と私の稼ぎで生活費と治療費、入院費を支払うというギリギリの経済状況だったため、慌てていくつかの葬儀社に見積もりを依頼することに。
いつ亡くなるかわからない状況もあり、急いで気になる葬儀社さんに連絡を取ってみました。
亡くなる前に葬儀の準備をしてよかった

夫が自宅に戻る1週間ほど前(亡くなる約3週間前)に葬儀社の担当者さんと会い、説明を聞くことに。すると、今の葬儀は通夜と告別式の形以外にも、火葬だけや告別式だけのプランなど、費用や人数に合わせて選べることを知りました。
思っていたよりもリーズナブルにできるとわかり、ホッと胸をなでおろした私。予算や予想する参列人数を伝え、告別式のみの葬儀をすることにしました。後日最終見積もりを出してもらい、だいぶイメージが具体的に。担当者さんの対応がとても丁寧だったこともあり、不安はほとんどなくなりました。
そして夫が亡くなった日、葬儀社へ連絡を入れたところ、すでに見積もりがあったのでかなり迅速に手配を進められました。打ち合わせも短時間で済み、ゆっくり家で夫の亡骸と最後の時間を過ごすことができたのです。
「葬儀は前妻の子どもたちのために」全員参加にこだわりたい
さて、次にやらなければならないことは、夫の前妻の子どもたちを招集すること。夫には複数の婚姻歴があり、5人の子どもがいました。
面識がある方とない方がいたので、連絡を取るだけでもひと苦労。親戚を通して連絡先を伝え、なんとか5人全員とつながることができました。それぞれの思いがある中で、何者かわからない私に連絡をしてくれたことだけでもありがたく、しかも全員ぜひ参列したいとの申し出。私はこの時点で、葬儀は子どもたちが悔いなく夫を送れるための時間にしよう、と決意しました。
私は看取りの前からの時間を含めて、夫とゆっくりお別れができましたが、子どもたちは十分に別れの時間がない中で訃報を聞いています。きっとすでに悔いていることがあるかもしれません。
私は夫と子どもたちのそれぞれの関係性の詳細はよく知りません。でも愛する夫の子どもたちだからこそ、私もできるだけ大切に接したいという思いがありました。一部の親戚からは子どもたち全員を呼ぶことに苦い顔をされた部分もありますが、私は喪主として「5人全員の参列」にこだわりたかったのです。
葬儀の前日、夫の手帳から手紙を発見
そして葬儀当日。子どもたちは遠慮してか、親族席でない一般参列者の方にそれぞれで着席。棺に遺品や花を入れる段階になったところで、子どもたちを棺の方へ呼び寄せました。

実は、葬儀の前日に夫の手帳の中から子どもたちからもらったと思われる手紙を偶然発見。夫は毎日大事に持ち歩いていたのだな、と思うと同時に、それぞれからもう一度夫にこの手紙を渡してもらおうと思いつきました。
「これ、覚えてる?」と手紙をそれぞれの子どもたちに返すと、みんな堰を切ったように一斉に泣き崩れ、「パパ……」と夫の亡骸へ呼びかけるように。少しでも夫の子どもたちへの愛情が伝わったらいいなと思いながら、私ももらい泣きしてしまいました。
父親の思い出を語る子どもたち

それから私は子どもたちに積極的にお花を棺に入れるように促して周り、その様子はもはや「おせっかいおばさん」そのもの。しかし、なんとしても子どもたち自身の手で夫を送る準備をしてほしかったので、彼らの手にお花を載せ続けました。
そして出棺し、火葬場での待ち時間。親戚たちは子どもたち同士がどう接するのか不安を抱いていましたが、5人は驚くほどナチュラルにテーブルについて挨拶をしていました。それぞれの父親の思い出を語り、「わかる! パパそういうところあったよね」といった和やかな会話が交わされ、途中から私も交じってさまざまな思い出話に花が咲きました。
結婚式レベルの一体感。子どもたちの笑顔で温かな葬儀に……
親が同じきょうだい以外はそれぞれ初対面だったはずなのに、帰り際には夫の遺影と遺骨を持って5人で記念写真まで撮影。夫が見ていたらどんなに喜ぶかな、と思わず涙がにじみました。

帰宅して自宅の祭壇に載せた夫の遺骨と改めて向き合ったとき、寂しさがありつつも、達成感でいっぱいに。結婚式をしていない私たちですが、一緒に式をした、という意味では結婚式に匹敵するほど(いや、それ以上)の一体感がありました。笑顔で帰っていった子どもたちの姿を思い返し、なんだかとても温かな気持ちに包まれていました。
さて、次回は未亡人のフリーライターとして生き始めた私の生活と、部屋探しで後妻業を疑われたまさかのトラブルについてお話しします。
―シリーズ「私と夫の1063日」―
<文/関由佳>
(エディタ(Editor):dutyadmin)

