「女ってなんだか生きづらいな」と感じたことはあるでしょうか? 口に出したら、「気にするな」「差別ってほどじゃない」「昔の女性はもっと大変だった」と言われそうな、日々の違和感――。
そんな思いを抱えている人たちから、熱い共感を集めている物語が『82年生まれ、キム・ジヨン』です。2016年に韓国で小説が刊行されて130万部突破の社会現象となり、日本でも大ヒット。昨年韓国で映画化され、今年10月9日から日本全国で公開されています。
「女性として生きづらさを感じた体験談」が読者から続々と
キム・ジヨンは、33歳の普通の主婦。出産で仕事を辞め、はたから見れば平穏な暮らしをしています。ですが、「女だから」という理不尽が少女時代から少しずつ積み重なり、職場での制約、夫や姑との関係、再就職への壁…といった現実の中で、ついに精神が壊れてしまうのです。
令和の日本女性もこんな思いをしているのだろうか? ということで、ビューティーガールのサイトとSNSで「女性の生きづらさを感じた体験談」を募集したところ――。
とても濃くリアルな体験談がたくさん届いたのです!(ありがとうございます。1度では載せきれないので2~3回に分けて掲載します)
今回はその一部を、育児→結婚・仕事→少女時代と、さかのぼって紹介します。
※以下はほぼ投稿のままです。名前はペンネーム。個人が特定できそうな部分は変えてあります
育児/障がいがある子供から、夫は逃げようとした
(既婚・子供あり・りんちゃん)
13年前、妊娠22週ちょっとで、700グラムの子を出産しました。あらゆる障がいを背負うだろうと言われ、出産直後から必死に生きてきた子供と私。
そんな私達に向かって夫が言った言葉は、「離婚したい」。
怒りよりも呆れる感情が噴き出しました。おそらく夫が両親に止められて離婚に至らなかったのですが、夫からの愛も優しさも感じない。過酷な生活の中で私が潰れなかったのは、ただひたすら子供を育てることだけに意識を集中したからだと思います。
大きな壁にぶち当たったら、夫は逃げられるんです。仕事と言って逃げられるんです。離婚と言って逃げられるんです。子供を捨てることもできちゃうわけです。
今思うことは「どーぞお好きにどこへでも逃げてください」。ただそれだけです。
家事/仕事とすべての家事。くたくたで頭が爆発しそう
(既婚・子供なし・専門ちゃん)
結婚したら、楽しくて心が落ち着く場所が出来る。そう思えたのも一瞬だけでした。
「家事は気づいた方がやればいい」といっても、気づくのはいつも私。医療現場で朝から晩まで働いて帰ったら19時過ぎ、そこから家事をしていたら、私という人間の私らしい部分は小さく小さくなっていき、1日が終わって床に座り疲れて動けなくなって……そういえば私の好きな事や趣味って何だっけ?
好きな時間に帰ってくる旦那は、私が作ったご飯を食べてご飯の評価をする。ありがたく食えよ。充電切れの私に、何かどうでもいい事を話しかけてくるけど頭に入らない。
「いつも嫌な顔ばかりしてるね。」
「ハイすいません。」
好きで嫌な顔してるんじゃないよ。朝早くに家を出て夜に帰り、家事でくたくたの私の横で、のん気にイヤホンしながらご飯食べてるお前が羨ましい。
出したら出しっぱなし、排水溝のゴミは取らない、次々と皿を出して、そのくせ私にはアドバイスくれるよな。いらねぇよ!

画像はイメージです
お風呂場やトイレにいるとき、いっぱいいっぱいの頭が爆発してオイル漏れみたいに涙が出る。それでも明日のご飯を作るために台所に立つんだから、日本って怖い国だよ。
セクハラ/「セクハラする人も認めるのがダイバーシティだ」!?
(りんさん)
大手企業で営業の仕事をしていた時、取引先の人から接待で「デートしよう」「ラブホに行こう」と言われるなどのセクハラをされました。
信頼していた上司に訴えましたが「当事者間で解決するように」と言われ、挙句に「セクハラをしがちな人もセクハラが嫌な人もいる。お互い認め合うのがダイバーシティだ」などと言われて、全く助けてもらえませんでした。

セクハラされること自体より、された時に他の男性達にこうして見殺しにされることの方が心理的ダメージが大きいと思います。頑張って入った会社でしたが、こういうことが続いて結局転職せざるを得ませんでした。
※ダイバーシティ:性別、人種、年齢、宗教などが多様な人材を活用すること。セクハラ容認とは真逆
仕事/夫より高収入の私を姑が気に食わず…夢をあきらめた
(既婚・子供あり・不二子さん・31歳)
大学に6年行って、国家資格を取得して専門職をしています。出産前までは正社員で、夢だった仕事につけて日々充実していたのですが、旦那と仕事に対する熱意に温度差がありました。
私は帰宅時間が遅く、給料も旦那より上だったため姑(専業主婦)は気に食わなかったよう。姑は私の職業を知人に話すと「息子くん(旦那)働かなくても生活できるね~!」と言われるそうで、せっかく(そこそこの)有名大学を卒業して公務員になれた息子が、全く輝けない!と腹を立てていたそう。
「子供が小さいうちに妻が働くなんて、旦那の給料が安いって周りに思われる」とも言っていたり…。育休後に正社員として仕事復帰をする予定でしたが、直前に旦那が大号泣しながら「家庭に入って欲しい。嫌なら俺が仕事辞めて子を見る」と…。いや、ただ働きたくないだけだろ…と思いましたが、いろいろ話し合い、私はパート(旦那より少し給料が少ない範囲)で復帰することになりました。
あれから2年、新型コロナの影響で残業激減、給料の減った旦那は「もっと働けば?」と私に言ってきます。
結婚圧/必死で働いても、田舎の親戚からは「結婚もせずにねぇ」
(未婚・ゆみほさん・26歳)
北関東の山奥で生まれ育った26歳です。どうしても田舎から出たくて、必死に勉強して無事に東京の大学へ進学し、そのまま東京で就職しました。努力して掴んだ自分の人生が誇らしかったし、ダサくて無力で大嫌いだった自分のこともだんだん好きになれていました。
数年前、法事のため帰省をしたとき、ふと襖の向こうから親戚達の会話が聞こえてきました。
「あの子はまだ東京でフラフラしてるのか」「結婚もせずにねぇ…」「女の子なのにわざわざ東京の大学まで行って」などなど、本当に現代の日本か?と耳を疑うような会話でした。
家出同然で家を飛び出してその日暮らしをしているのだったらまだ我慢できます。でも、そこそこの大学を出てきちんと正社員として就職したのにどうして?? 私が男に生まれていたら、ここまでの言われようではなかったでしょうね。
私がせっせと整えた私の道に泥団子を投げ込まれるのはとても腹立たしく悲しいものです。泥に埋もれて土に還ってくれと切に願います。
学校/部活で顧問が言った「女子に引っ張られて情けない」
(ひまわりさん)
私の「女性の生きづらさ体験」は、中学時代の部活で起こりました。
男女混合の運動部に所属していた中学2年の夏、3年生の先輩方が引退に向け、次の部長を私に任せたいと伝えてくれました。その日は嬉しくて帰ったら家族にすぐ報告したのを覚えています。
先輩方が引退した次の日からは、私が部長として、挨拶の号令や全体への声がけを行ないました。
ところが、その様子を数日見ていた顧問はある日、全部員に集合をかけ「女子に(部活を)引っ張られて、情けないと思わないのか」と副部長に向かって言いました。それからは、挨拶の号令や全体への声がけの度に顧問が副部長の男子を指名し、その男子はいつのまにか部長にシフトしていきました。
その後、私は部長でなく一部員として活動しましたが、今まであったやる気はみるみる無くなり、半年以上休むようになりました。
今思えば、出しゃばりでひとり突っ走る性格の私が部長に向いてないと、顧問は思っていたのかもしれません。だとしても、「情けないと思わないのか」の言葉にははっきりと女性軽視がありました。
運良く、痴漢にもセクハラにも遭ったことはありませんが、大人になった今でも思い出すと心が痛くなります。
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どうでしょう。「わたしもキム・ジヨンだ」というようなエピソードのオンパレードです(体験談は次回に続きます)。
『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画版は、原作と少し違って、絶望の果ての希望が最後に描かれます。今つらい女性たちにも、いつかトンネルを抜ける日が来ますように――。
<文/ビューティーガール編集部 映画写真/© 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.>
(エディタ(Editor):dutyadmin)




